MalisTella《マリステラ》

@EnjoyPug

第1話 闇バイトにご用心

 ──なんでこんなことになったんだ。

 羽黒はぐろユニはテーブルの下に身を小さくして潜めている。

 震えながら頭を抱えるその真上には、ガラの悪い男達の怒号と銃弾が飛んでいるのだ。

 少しでも頭を上げれば命がないここは何処かのBAR店内。

 ユニはバイトを探していた所に、誰でも簡単と報酬の高さの謳い文句に目を奪われて応募し、指定された待ち合わせに行くと目立たない服装の男に袋を渡されたのだ。


 ──この時点で嫌な予感はしていた。

 説明もされていないユニはどうすればいいか困惑していると突然、自分の近くに急停止した車から出てきた男たちに連れ込まれて拉致されたのだ。

 抵抗しようにもギャング姿の男に銃を額に押し付けられれば声すら出すこともできず、薄暗いBARに連れ込まれてしまう。

 このまま自分は殺されてしまうのか──。

 この先に待ち受ける運命に怯えていると突然、BARの外から銃撃が店内を襲ったのだ。


(こ、この感じ、絶対警察じゃない! でもそうだとしたら……もしかして俺が運んでた物を取り返しに来たのか……?)


 警察なら外から甲高いサイレン音が聞こえてもおかしくない。

 しかし、銃弾の音だけが鳴り響く状況でその可能性は無くなる。

 突如──急に店内の銃撃が終わり。

 しんとなった店内にギャングたちが不審な様子で戸惑うと、入り口の扉が蹴破られた。


「よぉカスども、盗んだモン取り返しにきたぜ」


 何事かと、ユニはテーブルから顔を少しだけ覗かせた先には異質な存在が立っている。

 体躯のよい大柄の男。無骨な両手には刃が熱を帯びた斧が一つずつ握られている。

 ──それ以上に目立つのは男の顔。

 半透明のオレンジ色で形成されたワニの顔だった。


(戦闘用のゼノホログラム!? やっぱり普通じゃないのが来た!)

「なんだテメェは!? 死にやがれっ!!」


 幾つもの銃口が向けられているのにワニ顔は堂々した様子は恐怖すら感じさせない。

 そんな様子にギャングは苛立ちをぶつけるようにワニ顔に向かってギャングたちは引き金に指を強く込めていく。

 彼らの持つ銃もゼノホログラムで形成されており、閃光の粒が降り注いでいった。


「ふんっ」


 ワニ顔は両手に持った斧で上半身を隠すように持ち上げる。

 刃の腹で撃ち込まれる銃弾を受け止め、火花と共に周囲に散らしていく。


「ぎゃああっ!?」


 ギャングの悲痛な声を聞くと、そのうちの一人がユニの近くで倒れた。

 肩や腹には穴の傷が見える。どうやら防いだ弾が跳ね返ったのだろう。

 現に目元だけを晒している近くで音が鳴る。

 自分の近くで弾かれた銃弾が焦げ跡を残した事に、青ざめながら咄嗟に隠れた。

 

 僅かでも好奇心をみせれば命がないことを知る。

 だが、あのワニ顔が味方だという確証がない以上、隙を見て逃げるしかない。

 強張っていた体を無理やり動かして床を這い、テーブルの角に着く。

 下から覗く狭い光景から、逃げるタイミングを見計らうしかなかった。


「お前! やりやがったな!?」

「やりやがったって……。おいおい、テメェらが撃ってきたのをハジいただけじゃねーか」

「うるせぇ!」


 再び劈くような音が響くと、ビクりと体を震わせて頭を両手で覆う。

 そのままユニは床から覗くと、ギャング達とワニ顔は互いに夢中のようである。

 今ならタイミングさえ合えば逃げられるかもしれない──。

 だが、その思惑はすぐに消えた。


「オラァっ!」


 ワニ顔は力強く右腕を振り、持っていた斧を投擲する。

 ギャングの一人の顔に斧が深く突き刺さり、ピクピクと全身を痙攣させた。

 引き金に指が掛かったせいで、死んで倒れる間際まで仲間を巻き込みながら天井を撃つ。

 落ちてくる破片に混じる悲鳴。ユニとギャングたちは身を凍らせた。

 その一瞬の隙をワニ顔は見逃さない。

 足を蹴って一気に間合いを詰めると、もう片方の斧でギャングたちを蹂躙していった。


 

 そこからはあっという間だった。

 ギャングたちを一人ずつ斧の餌食にしていくワニ顔。

 咄嗟に反撃しようにも、銃口の先には仲間ギャングを盾にする立ち回り。

 同士討ちを誘発させる動きに攻撃の手は止まってしまう。


「ざっけんじゃねぇぞ……」


 床で伏せていたユニの耳に誰かの声が聞こえる。

 目をやると体が切られているが、辛うじて息がある生き残りがいた。

 痛みに耐えながら上半身を起こし、ワニ顔に銃口を向けている。

 ワニ顔は他の相手をしていてそれに気が付いていない様子。

 引き金に置いた指が動く瞬間、そのギャングの額に穴が開いた。


「──うぐッ!?」

「パパさぁ~、戦いに夢中になっちゃうその悪い癖、治したほうがいいってぇ~」

「ぬ?」


 殺されたギャングに唖然としながらユニは声のした場所を見ると、入口から少女が入ってくる。

 白と赤を基調としたデザインのホログラムの装甲。

 両手には二丁のハンドガンが握られていた。


「お~ミキか。死んでないヤツでもいたのか?」

「いたよ~。死んでるやつに紛れてた。トドメちゃんと刺してないから危なかったよ?」

「な~に平気よ。どうせこいつら程度じゃ俺を殺せないから。あらよっと……」


 少女の忠告をめんどくさそうに返しながらワニ顔は手を翳す。

 死体の顔面に突き立てられた斧が抜かれて浮き、飛んで戻るのをキャッチした。


「それで生き残りはまだいんのか?」

「スミちゃんから聞いたけど、もうほとんどいないっぽい」

「ほとんど? どーいうことだ?」

「あと一人だけ生存してるってさ」

「ほ~ん。んじゃそいつもヤるか。こういう時は全員殺したほうがいいからな。みせしめってヤツだ」

「──ッ!!!」


 テーブルの下で聞き耳立てて聞いていたユニの体から血の気が引く。

 ギャングだけではない自分も殺されるとは思わなかったからだ。

 ──どうすればいい? 命の危険があるせいか頭がいつも以上にフルに回転し、思考を巡らせていく。


(死体に紛れる? 無理だ、あいつら今、死んだふりかどうか確かめてる。自分は無関係って言う? それは流石に楽観的過ぎるだろ! 何かないか……何か……!)


 心臓の鼓動が段々と早くなる。

 荒くなる呼吸の音で気づかれてもおかしくない。

 その時、ふと前のほうを見るとスタッフルームに通ずる扉が僅かに開いていた。


(開いてる……! 今ので鍵が壊れたのか? 距離も、近い……!)


 あの二人は死体に向かって確実に止めを刺している為に、こっち側はまだ気が向いていない。

 扉とは数歩先、一瞬で立ち上がって中に入ればこの状況だけは打開できる。

 これ以上何かを考える余裕はもうない。

 そのあとは入ってから考えればいいと判断し、意を決して立ち上がると扉に手をかけた。


「──ッ! パパ!」


 中に入る直前、少女が自分のことに気が付いてハンドガンを撃ち込まれる。

 容赦のない銃撃。幸いにも銃弾は体を掠める程度でうまく入ることが出来た。

 ユニはすぐに近くにあった作業用のテーブルで開けられないように扉を塞ぐ。

 僅かでも時間を稼げればと思った矢先だった──。


「……うっ!」


 振り向くと、薄暗い部屋の中で一人の男が頭から血を流して倒れていた。

 様子からして即死。咄嗟に周りを見ると窓ガラスに穴があるのを見て戦慄する。

 外にはまだ誰かがいるということに。

 

 背後からはこちらに近づく足音が聞こえる。

 外に出ても殺される。怯えた瞳が下に向いた時、男の手に何かが握られていた。


「これは……インストールデバイス? 俺が運んでたやつか……?」


 男の手から取り上げたのは、指の長さ程度の小さなデバイス。

 外の彼らにとってこの中にあるが重要なのだろう。

 この中身がなのは今の自分に知る由もない。

 しかし、これを利用する以外に選択は無かった。


(これを使って外のアイツらと交渉するしかない……! たとえこれがどんなに危ないものでも!)


 命が掛かっている以上、ユニは覚悟を決めてデバイスを強く握りしめる。

 ユニの右手首に装着されたリング状の情報端末【リングレット】にこのデバイスを差し込む。

 その中身を開いた瞬間、リングレットからゼノホログラムが溢れ出ると自分の体を包み込んでいったのだった。

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