探偵と殺人鬼とディアストーカーハット

インバネスコート

プロローグ

ちくしょう……やらかした。

少年は悔しそうに歯ぎしりしながら

強く思う。


雨の中、泥にまみれたドブ色の水たまりの上にどしゃっと尻餅をついて座り込み

無様に醜態を晒す。


少年は非常に屈辱であった。


貧困層に生まれた彼は病気の姉の医療費を稼ぐため金持ちでなるべく邪悪な人間を殺しまわってきた

最初は何もかもに怯え、実行するのにも幾分か手間がかかり

いつか警察に捕まるんじゃないかと常にビクビクして過ごしていた

だがいつしか人を殺すことに躊躇いがなくなり、より残酷に殺しを楽しむようになっていった

ついた通り名は少年殺人鬼

それが彼の名だ

これだけ殺しをしても警察は自分を見つけることができない

それどころか顔すらわかっていないらしい

だからこそ屈辱なのだ、こんなちんちくりんなガキに捕まってしまって。


少年は悪辣を瞳の中に込めて目の前の女を睥睨する。


こんな目立つような色でおかしな帽子を被って、浮き立つようなコートを羽織った

150もないんじゃないかと思うような短身で小柄な見た目の

そんなガキみたいな奴が俺を見下してるんだ。


少年は矜持を傷つけられた。


───けどそんな中、少年は屈辱とは別の感情もあった

もういいじゃないか……と

潮時だと思った。


殺しを楽しむようになってしまった自分は普通の人間に戻ることなどできない

姉の病気はよくなってきているし、家には盗んだ金品がある

当分の間は姉は生きていけるだろう

普通の人間に戻ることができない自分なんかと暮らしていたら

いつか姉も巻き添えにしてしまう。


だからこそ、良いころ合いだったのだ


確かに警察でもボディーガードでもない、こんなガキに捕まえられるのは癪だが

そろそろ自分も数多の罪の重みに耐えきれず死にたくなってきたころだ

煮るなり焼くなり好きにするといい。


今度は諦めを瞳に込め哀愁漂う気迫で彼女を見つめる。


彼女は彼を見つめ返し

告げる


「ほほう……君が例の少年殺人鬼だね?」「君!私の助手になりなさい!」


少年は目を見開き驚愕する

こいつは頭がおかしいんじゃないかと

俺を助手にしようだって?


少年は訳が分からなかった

そうやってはてなマークを沢山浮かべ首ひねっていると

彼女が口を開く


「自己紹介がまだだったね、私は名探偵ディア」


君の名前は?と彼女が問うてくる


「少年殺人鬼……」


彼は通り名を口にする


「違うよそっちじゃない、それはあくまで通り名でしょ?君の名前を教えてよ」


教えてよ少年、と彼女が再度問いかける


「ハット」

少年殺人鬼ハット

それが彼の人間としての名であった


「よろしく!ハット助手!てことで私の助手になってくれるかな?」


「ハット助手!」と彼女は手を差し伸べる


彼女の中でもう自分は助手となっているようだ

無言で彼女の手を取る


晴れの中、自分についていた泥はべちゃべちゃと落ちていく

そしてハットはドブ色の水たまりから救い上げられた。

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