第4話 卒業試験、終わりました!

 転送陣の光が消えたとき、わたしは膝から崩れ落ちそうになった。

 試験会場の地上フロア。人工的な白い照明がまぶしい。


「つ、疲れたぁぁぁぁ……」


 全身の力が抜ける。

 汗で髪が張りつき、呼吸はまだ荒い。

 さっきまでダンジョンの中でスライムに追い回されていたとは思えないほど、ここは平和だ。


「受験番号二十四番、新垣優愛≪あらがきゆあ≫さん、こちらへどうぞー」


 試験官の声に、わたしはふらふら立ち上がった。


 視線の先には、試験官の男性が無表情で立っている。

 彼の後ろには角ばった端末があり、そこに受験者のデータが映っていた。


「討伐数……三体確認。時間……四十三分。ふむ。怪我なし。よし」


 試験官は淡々と端末をスクロールする。


「……あの、結果って……」


「合格です」


「……え……?」


「合格です。聞こえなかった?」


「い、いま、合格って……?」


「そう。合格。ほら、この紙。落としたら困るでしょ」


 わたしの手に、合格通知書が渡された。


「………………」


 目の前がじんわり滲む。


「……合格……した……? わたしが……?」


「ええ。おめでとう。」


「……っ……ひぐっ……」


 急に涙があふれた。

 試験官は「あー、泣いた……」みたいな微妙な顔で視線をそらした。


「な、泣かなくても……。倒れてないし、普通に合格点ですよ」


「うぅ……よ、よかった……死ぬかと思った……」


「まあ死ななかったから合格したわけで」


「そ、そうなんですけど……!」


 涙で視界がぼやける中、わたしは胸に手を当てて深呼吸した。


 本当に怖かった。

 本当に必死だった。

 あの巨大スライムも、分裂するスライムも、全部本物だった。


 そして――。


(……でも、最後のスライム……)


 あれだけは、どうしても引っかかる。


 本当にわたしが倒したのだろうか?

 あの裂け目は、どう考えてもおかしい。


(誰かが……いた?)


 けれど、ダンジョンに入っていいのは受験者だけ。

 試験官が内部に介入するのは重大な規定違反だ。


(なんだったんだろう……?)


「新垣さん?」


「ひゃいっ!?」


「書類持って帰るなら、さっさと移動してください。他の受験者が並んでます」


「あっ……す、すみません……!」


 慌てて頭を下げて立ち去る。

 試験官が面倒くさそうに手を振った。


 廊下に出ると、他の受験生たちがざわざわしているのが聞こえた。


「おれ落ちた~最悪だ~!」

「余裕だったわ!」

「スライムに噛まれた……噛むのあいつ……」


 わたしは紙を胸に抱きしめながら、小さく呟いた。


「……合格……したんだ……」


 ダンジョンを出てからもずっと残っていた胸のざわつきが、少しずつ溶けていく。


 ――帰ったら梨花に報告しなきゃ。


 きっと、あの子は笑って「すごいじゃん!」って言ってくれる。


 その瞬間を思い浮かべるだけで、胸があたたかくなった。


 家に帰ると、梨花が玄関まで飛び出してきた。


「お姉ちゃん!! 結果は!?」


「……合格……したよ……!」


「やったああああああああああ!!」


 梨花はわたしに抱きついて、ぴょんぴょん跳ねる。

 わたしもつられて笑ってしまった。


「お姉ちゃんやっぱすごいよ! ねぇ見せて!」


「う、うん……これ……」


「ほんとだ! 合格! 新垣優愛! すごっ!」


「そんな大声で……!」


 笑われるのは恥ずかしいけれど。

 でも、嬉しかった。


「ねぇねぇ、どうだったの? ダンジョン。スライムは? 怖かった?」


「めちゃくちゃ怖かった……。スライム速いし……跳ぶし……合体するし……」


「合体!?」


「するんだよ……知らなかった……」


「へぇ……お姉ちゃん、ほんと頑張ったんだね……!」


 梨花がぽふ、とわたしの頭を撫でた。


「……!」


 その瞬間、胸がじんわり熱くなった。


「あとは……日本ハンター協会での登録?」


「うん。試験合格したら、そのまま登録しなきゃなんだって」


「じゃあ次は“本物のハンターお姉ちゃん”だ!」


「……そ、そうだね……」


 嬉しい気持ちの中に、不思議な影が少し差す。


 ――最後のスライムは、なんで勝手に倒れたんだろう。


「お姉ちゃん? どうしたの?」


「え? あ、ううん……なんでも……」


 梨花の前では、変に心配させたくなくて笑顔を作る。


「と、とりあえず! 登録したら、正式に“新人ハンター”なんだよね」


「そう! 絶対応援するからね!」


「……ありがとう」


 本当に、支えてくれるのは梨花だけだと思う。


 その温かさを抱きしめるように、わたしは合格通知書を握りしめた。


 ――この時点のわたしはまだ知らない。

 ハンター協会からの通知を見て絶叫することになるなんて……。

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