321で運命を!
ウェイアウト
第1話 Pass phrase
人生って、なんだと思う?
友情?
愛?
勉強?
それとも、全部?
高校生の俺には、わからないことだらけだ。
でも、たったひとつ、わかりたいことがある。
夕陽が射す教室。
時計は静かに音を立てながら、17:37を指す。
これ以上ないシチュエーションだ。
喉が渇いて仕方ない。冷や汗が出る。
この時間、この関係はもう返ってこないのだと考えると、少し悲しい。
だがそれでも、俺にはやらなければならないことがある。
俺は言った。
「鶴瀬さん!俺と、俺と、付き合ってください!」
そして、今日この日は記念すべき日となる。
俺が。
「えと……ごめんなさい」
初めて振られた日として。
★ ★ ★
俺は今朝川銀譲。どこにでもいる、高校2年生。
だから当然、なんの取り柄もないし、だから学校にだって行くし、そこで普通に恋をした。
恋っていうほど純情なもんなのかは自分でもよくわからない。
ただ、初めて高校生になったときに入学式で隣の席になって。
そんときはなんも思ってなかったけど、それからはバスでたまに同じ車両に乗り合わせてた。
そして、2年生のクラス替え。同じクラス。しかもまた、隣の席。
まあ普遍的な確率とやらを考えれば結構高い割合で起きることなのかもしれない。
今は下校中。フラれた俺は一人寂しく……ではなく部活終わりの学年に3人しかいない友達のうち一人と帰っている。
「あの子、ポ◯モン好きなんだぜ」
彼女の登校鞄についたポ◯モンのキーチェーン。それが何より俺の心を突き動かした気がする。
「はいはいステマステマ。ポ◯モンのステマ。第一、俺が何度その話を聞いたと思ってんだよ。冗談だって知ってるわ」
そう言う彼の名前は雲外征。中学からの腐れ縁。
短髪イケメン高身長というルックスのアドバンテージをコミュ障美少女フィギュア好きのディスアドバンテージで帳消しにしているようなやつだ。ちなみに彼女はいない。こいつ、ルックスのくせに奥手なんだ。訳わかんね。
「でもしょうがねーじゃん。だって、俺らさ、美少女フィギュアについて語らうようなオタクじゃねえかよ」
そう言って諭し落とすように、征は俺の肩をポンポンと叩く。
「お前だけだよ!俺は語らったつもりねーし……」
そう言いながら思った。
でも……隣の席だから、話は丸聞こえだよなぁ。こいつが俺のクラスに来て一方的にフィギュアについて語れば、それは通じ合ってしまったかのように見えるのかもしれない。
「はぁあ〜。紅茶と読書と音楽鑑賞が趣味のやつが知り合いならなぁ〜」
そんな俺の言動の意図を察したのか、
「露骨に友達でモテようとすんなバーカ」
そう言って征は俺を鞄で叩いた。
まあ……ポケモン云々はさすがに嘘だ。まあ確かに気が合いそうかもしれないと思ったけど、そんなことで好きになる人間はそうそういないだろう。
「俺は……多分、自分とは違うのに、憧れたんだよ」
「ん?なんか言ったか?」
小さく言ったから、征には聞こえなかったみたいだ。
さて、俺はクラスの端っこにいる。
当然彼女も俺の隣なのでクラスの端っこだ。
席の位置というのは、わりと交友関係にも影響する。
つまり、端はハズレクジという訳だ。
しかしそれで押し黙る俺とは違い、彼女には友達が多い。
クラスの中でパッと名前が出てこない、おそらく卒業式を終えたら2度と連絡が取れなくなるフレンズの俺とは違い、彼女には友達が多い。
それに彼女は普通にかわいい。いや、めっちゃ可愛い。けどでも、それもきっと俺の預かり知らないところの努力のうちなのだろう。
無個性が何もかもを覆い隠す中で、自分を当たり前に見せられる。
それって、ちょっとうらやましい。
「まあでも、お前の恋路もここで終了!今日から俺と美少女フィギュアについて語らうセカンドライフが楽しい始まりを迎えると思えば、安い犠牲だな!」
ほんとにやめろ。いま優雅な趣味を一つも持ってなかったことに激しく後悔してるんだから。
「やっぱ、女の子は二次元だろ!」
適当なことを抜かす征に俺は一言言ってやる。
「一生フィギュア抱いて寝てろ!」
はぁ〜。
俺の何がダメだったんだろうな?
自分でもわかってる。
イケメンじゃないし、何考えてるかわかんないし、成績も平凡。
自分を文字におこしてみればこんな奴に告白されても、メーワクなだけだよな。
死にてぇ。
「まあでも大丈夫。世の中にはお前を好きになるやつと嫌いになるやつの2種類しかいないと考えれば、だいたい半々くらいで告白が成功する。今回失敗したから次は成功だぜ、相棒!」
征が偏差値低そうな理論を提供してくる。今の俺には、こんな試算よりはまだ自分が宝くじの一等を引き当てる確率の計算の方が有意義に思えた。そもそも賭博なんだから買えるか知らないけど。
「大体そう簡単に言うなよ。人を好きになるのって、ムズイんだから」
人と仲良くなることと、好きになることは、俺は別だと言える。
なぜか。俺は線を引きたがる性格だからだ。
恋人は、恋をしなければなれない。
俺個人と合うか?趣味は?忍耐力は?性格は?……他にも腐るほどある俺の物差しで、及第点を叩き出すにはかなりの巡り合いが必要だろう。
それがなくても、友達ならいくらでもなれる。
でも、恋人っていうのは。
運命とかじゃない、自分で選ばなければどこかで失敗するものだ。
そう思っている。
「あー。今日の出来事をなかったことにしたい」
「諦めて二次元にこいよ。きっと楽しいって。今なら特別にふぁんたじすた+エースのクインリーちゃんをお前の嫁として認めてやるから」
交換条件らしき部分の単語が何一つとしてわからなかった。
何が特別なのかもわからない。
「顔か性格がタイプじゃなかった?貧乏ゆすりが気に入らなかったのか?話がつまらなかった?今日は気分じゃなかった?なんでだ」
「気持ち悪いからに決まってんだろ?」
聞こえないーー何も聞こえないぞ。
俺が肩を落として塞ぎ込んでいると、俺の友達を自称するそいつがとんでもない追い打ちをかけてきた。
「だいたいさ、女の子1人に振られたくらいでみみっちいんだよ。お前。ていうか別に向こうがお前のこと好きになる理由がねえだろ。そんなことで」
こいつ、他人事だと思って……告白したことないくせに。
「カラオケおごってやるよ。歌って元気だそーぜ」
なんだか不愉快だが、俺はこいつに振られたんじゃないし、ましてや鶴瀬さんが悪いわけじゃない。色々足りなかったのだ。俺に。
「高校生っていえば、もっと楽しいもんだと思ってたけどな」
「高校になに期待してんだよ。デビュー失敗しなかっただけ勝ち組だろ。俺なんて去年の自己紹介で負った傷が今も癒えねえんだぞ」
「一応聞くけど、何やらかしたんだ?」
「嫁を学校に登校させて紹介」
「それはお前が勝手に負った傷だろ」
「俺は良いんだよ。俺の嫁のきらりちゃんがまるでイタいやつみたいでさ……」
アニメのキャラクターフィギュアを現実の学校になんて持っていったらそりゃイタいだろ。だいぶ。
「はあ。愚民どもにはあの角度が醸し出す青春の雰囲気が分からないんだろうな……」
お前が怖いわ。急に選民思想持ち出すのやめろ。
「俺のフィギュアのこと、分かってくれるのはお前だけだよ」
「言うほどか?」
「いいって。隠すなって」
はあ。鶴瀬さん。俺はべつに……。
「そういやお前、中学校の頃、女子にいじめられてたじゃん。あれで女の子苦手になったとか言ってたよな?」
「……その通りだな」
「鶴瀬さんはいいのかよ。まあ、確かに、たまに一人称がボクになってるけど、あの人」
そういや鶴瀬さんはボクっ娘だよな、まあ、あんまり気にしたことないけど。
「別に平気じゃねえよ。でも、それとは関係なく、な」
「まあ、どうせ無理だろうとは思ってたぜ。相手が悪すぎる」
お前なぁ。
俺が呆れて言葉を失っていると、不意に征が眉をひそめて、顔を覗き込んできた。
「って……あれ、ドクルミじゃね?」
ドクルミ。
くるみ。
その名前に、少し背筋が冷たくなる。
俺は即座に征が示した方角に視線を送った。
「……」
確かに、その人物がいた。
「……あっち行こうぜ」
俺はそれと反対方向を指す。
征は何も言わずに頷いた。
少し距離を置くと、2人で顔を見合わせた。
「なんだよ。なんであいつがここにいんだよ」
「さあ。あんな奴のことなんて知らねえよ」
言霊が呼び寄せたのだろうか。
あいつは、中学の頃まで俺をいじめていた女子の1人だ。
同じ高校になった時は肝が冷えたが、天もさすがにその点を考慮してくれたのか、2年生まででいまだに同じクラスになったことはない。
「あんな金髪だったっけ。それに俺、あいつと同じクラスだけどさ。あいつ、そんなに学校来てないんだよな。出席日数どうなってんのかねぇ」
「どうせ遊び呆けてんだろ。別にお前が気にすることじゃねえ。自分のしたツケっていうのは、必ず自分で払うことになるんだからな」
「……お前、ほんとにあいつのこと嫌いなのな」
「好きになれる理由がないね」
「……そうだな。まあいいや。カラオケ行こうぜ」
まあ、行くか。
そんな気分じゃないんだけどな。
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