第10話【逆転の発想】

第10話は、物語の最大の山場の一つ、**「大胆不敵なメディア工作」**です。

コソコソ隠すのではなく、あえて表舞台(報道)を利用して疑惑を逸らす。さゆりだからこそ可能な、狂気の「劇場型隠蔽」を描きます。


***


# 小説『共犯の血脈』


## 第10話「腐敗するシナリオ」



「隠すからバレるんや。堂々と見せれば、誰も疑わん」


さゆり(ありさの死体)は、腐敗が進んで動きにくくなった指で、ありさのスマートフォンを操作していた。

画面の明かりが、崩れかけた美しい顔を不気味に照らす。


「いいか、サトシ。あんたは今から『第一発見者』やない。『悲劇のヒロインを救おうとした善き市民』になるんや」


「は、はい……?」


さゆりの計画は、あまりに大胆で、そして冒涜的だった。


1. **偽の失踪動画:** ありさのSNSアカウントを使い、「自分探しの旅に出る」という動画を投稿する。

2. **出演者:** もちろん、死体である「ありさ」本人だ。

3. **演出:** 逆光とフィルターを使い、死に化粧(腐敗)を隠す。声は出せない(腐って声帯が潰れかけている)ため、BGMとテロップで構成する。


「美紀、メイク道具持ってるやろ? この子の顔、生き返らせたって」

「……はい、おばあちゃん」


美紀は震える手で、夫の愛人の死体にファンデーションを塗り重ねた。

死臭をごまかすために、香水を振り撒く。

大樹はスマホの照明係。サトシはカメラマンだ。


**【死者の生配信(録画)】**


「よーい、スタート」


さゆりの合図で、サトシが録画ボタンを押す。

死体であるありさが、さゆりの霊力によってカクカクと動く。

海岸(に見える川原)を背に、どこか遠くを見つめる横顔。

風になびく髪。

そして、テロップが入る。


『探さないでください。少し疲れたので、遠くへ行きます。元気です』


最後に、カメラに向かってニッコリと微笑む。

その笑顔は、かつてさゆりがニュース番組で見せた、視聴者を安心させる「聖母の微笑み」そのものだった。

ただし、よく見れば口角が裂け、皮膚の下で何かが蠢いているのだが、スマートフォンの画質とフィルターがそれを巧みに隠していた。


「カット。……完璧や」


さゆりは満足げに息をついた。

その直後、ゴボッという音と共に、口から黒い液体が溢れ出た。

「……時間がないな。この体も、もう限界や」


**【報道リポートの利用】**


翌朝。

この動画は瞬く間に拡散された。

ワイドショーのリポーターが、さゆりの狙い通りに解説する。


『ご覧ください。安藤さんは自らの意思で失踪した可能性が高まりました。事件性は薄いと考えられます』


テレビの前で、大樹と美紀、そしてサトシは呆然とそれを見ていた。

警察の捜査方針が、「事件」から「家出」へと切り替わっていく。

大樹への疑いは、霧散した。


「すげえ……」

サトシが呟く。

「本当に、ニュースを変えちまった……」


さゆりの霊が宿った死体は、役目を終えたように動かなくなっていた。

ただの肉塊に戻ったありさを前に、美紀だけが、祖母への畏怖と、自分の中に流れる「同じ血」への戦慄を感じていた。


「これが、報道のエース……壬生さゆりのやり方」


だが、彼らはまだ気づいていなかった。

この完璧なシナリオには、さゆり自身も計算外の「致命的なバグ」が含まれていることを。


(第10話 完)

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