第5話「空っぽの墓穴、彷徨う怨恨」

「消えた遺体の謎」と「物理的な恐怖の具現化」**を軸に描写します。

分岐考察の統合案に近い、緊張感あふれる山中でのシーンです。


***


**第五話「空っぽの墓穴、彷徨う怨恨」**


**岐阜県、奥飛騨。山中の林道。**


レンタカー従業員・サトシは、息を切らしてスコップを動かしていた。

「ここだ……ナビの履歴と、タイヤ痕が一致してる」


好奇心だった。

あの泥だらけのレンタカーと、ニュースの行方不明事件。

もし、ここを掘って死体が出てくれば、自分は大発見者になれる。あるいは、警察に突き出す前に、あの高そうなスーツの男からもっと金を絞れるかもしれない。

そんな下卑た欲望が、彼を突き動かしていた。


「あった……!」


柔らかい土の感触。

サトシは手を止め、スマホのライトで穴の中を照らした。


「……は?」


そこには、何もなかった。

人が一人埋められるだけの大きさの穴。

土は湿っていて、底には誰かが横たわっていたような窪みがある。

しかし、肝心の「中身」がない。


「嘘だろ……死体を移動させたのか?」


サトシが混乱して周囲を見回した時、林道の奥からヘッドライトの光が差し込んだ。

エンジン音。黒いレンタカーだ。

また、あの男たちが戻ってきたのだ。


「やべっ!」

サトシは慌てて自分の車に駆け込み、ライトを消して茂みの陰に隠れた。


***


**数分後。**


大樹と美紀が、車から降りてきた。

大樹は懐中電灯を振り回し、狂ったように穴へ駆け寄る。


「ここだ! ここに埋めたんだ! ……な!?」


大樹の絶叫が、夜の山に木霊(こだま)した。

彼は穴の縁に膝をつき、空っぽの底を呆然と見下ろした。


「ない……? なんでだ!? 確かに埋めた! 心臓が止まったのも確認した! なのに……!」


大樹は自分の手を見つめる。

昨日、泥と血にまみれたその感触は、確かに残っているのに。


「どうなってやがる……! 这(は)い出したとでもいうのか!?」


「……やっぱり」


背後で、美紀が震える声で呟いた。

彼女は穴を見ようともせず、ただ闇の深い森の方を見つめている。


「私、見たの! 雨の中、彼女を!」

美紀は頭を抱え、半狂乱で叫んだ。


「家の前で! あの泥だらけの姿で! 彼女は、もうここにはいないのよ! 東京に……私たちのすぐそばにいるのよ!!」


大樹は美紀を睨みつけた。

「馬鹿なことを言うな! 死人が数百キロを一瞬で移動できるわけがない!」


「じゃあ、この穴はどう説明するの!? 誰が掘り返したのよ!」


二人の罵り合いが続く中。

隠れていたサトシは、冷や汗を流しながらその光景を見ていた。

(マジかよ……本当に埋めてたのか。でも、死体がないってどういうことだ?)


その時。

サトシは気づいてしまった。

大樹たちの背後。

林道のさらに奥、真っ暗な森の闇の中から。


**ズズズ……ズズズ……。**


何かを引きずるような音が近づいてくる。

そして、木々の隙間から、泥だらけの白い手が、ぬっと現れたのを。


(おい、後ろ……!)


サトシが声を上げるべきか迷った瞬間、その泥の手は、夢中で怒鳴り合う大樹の足首へと、音もなく伸びていった。


(第五話 完)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る