第4話 麗しの領主、カイ様

 翌日のこと。


 領主さまが、お帰りだ!ということで、厨房も早朝からかなりバタバタしている。


 相変わらず眉間みけんにしわをよせた、ヒゲの料理人はスープの係らしく、大鍋をかき混ぜている。

 多分、料理長からレシピを新しくするよう言われたのが気に入らないのだろう。


 ガンコそうな彼は、まるで人気ラーメン屋の店主だ。


 私はアイリーから、焼き立てのパンを大量に一口サイズにカットするよう言われた。

 ……知っていたけど、石のように硬いので、けっこう大変だ。


 その甲斐かいもあって、見た目だけはわりといい、料理たちが運ばれていく。


  _____________


 その日の夕方。

 昼食の準備と、夕食の仕込みに追われた料理人たちは、軽く食事をとったあと、死んだように眠りこけている。


 領主のカイ様が、珍しく今日一日をお屋敷で過ごすらしい。


 私は他に使えそうな食材がないか庭を見て回ろうと、前掛けを取って、外へ出た。

 すぐに誰かの視線を感じて、立ち止まる。


 視線の主は、見知らぬ細身の男性だ。

 ミルクティー色のロングヘアを1つにまとめており、片眼鏡。

 黒くて丈の長い服をスマートに着こなし、遠目でもわかるほどかっこいい。


 男性は、どうしてだか驚いた顔をしてこちらをじっと見てきたが、ふいに視線を外してどこかへ行った。


 もしかして、今の方が領主さま?

 と思っていると、誰かが呼びかける声で、ハッとした。


「リッド?リッド、どこにいる」


 声のしたほうを見ると、濃いグレーの髪の、20代後半くらいに見える男性が立っていた。ロングコートを身に着けていて、よく見ると高級感がただよっている。


 私を視界にとらえたのか、目を細める。


 私は思わず、パッと姿勢を正してから、丁寧に一礼をしていた。


「あの、先日からこちらのお屋敷にお世話になっています。

 ……ナガメ、と言います」


 男性の目元が、ほんの少しやわらいだ気がする。気のせいだろうか。


「うん、リネンから聞いてる」


 この流れ、この感じ。間違いなく、彼がカイ・パンデゥールだ。

 静かな圧を感じる。


「感謝、してます、やとっていただいて」


 何とか、お礼を言うことができた。


「……何かあったら、料理長やリネンさんを頼れ」


 それだけ言い残して、彼は去っていった。リッドという人を探しに行くのだろうか。


 リッド……もしかして、さっきこちらを見てきた人……?

 考えても、わからない。夕食まであまり時間もないので、食材探しを再開することにした。


 _______________


 コンコン、とノックの音。


 部屋の主、カイが応答すると、滑り込むように男性が部屋へ入ってきた。


「私をお探しと聞いて。遅れて、申し訳ありません」


 かすかに息を切らせた執事しつじ、リッドが会釈をした。


「いいんだ。でも、何だからしくないな」

「それが、気になることがありまして……」


 そこまで言いかけたリッドを、カイがやんわりと制止せいしした。


「分かってる。多分、ほとんど」


「さすがは、カイ様です。ただ、鑑定かんていは私の仕事ですので、ご報告させてください。新しく入ったメイド……ではなく料理人。ナガメと呼ばれているようですが、彼女のステータスについて」


「聞かせてくれ」


 リッドは、カイに近づき、小声で何かを話した。

 それを聞いたカイは、驚いたように目を見開く。


「キョウイクシャのスキルが高い?……キョウイクシャとは、教師のことか」


「はい、おそらくは。ワンパンスキル、なるものもあり、これも90%超えと、かなり高く」

「わんぱ……?それには想像がつかないね。他には?」


「一般的な者には見られない項目が多くあり、アクシツナイジメ・モンダイコウドウの対応、フトウコウセイトジタク訪問、それに、ホゴシャ対応スキルが80%前後と高かったです」


「ん…………、ちょっと、見当がつかない」


「まとめると、教育者として高い能力があり、すでに実績があり、この世界でも同じことが期待できるということでしょうか」


「ああ、なるほど?うん、全然、悪い人ではなさそうだよね。しかし、また異世界人がきたのか。それほど珍しいことではないけれど」


「同感です……。とにかく、まずはカイさまのご判断をあおぎたく。執事はじめ、料理長ルーヴァンや、農園管理官長。メイド長リネンの耳にも、入れておきましょうか」


「それがいいね……少し、考えさせて」


 ふう、と息をつき、カイは椅子に深く身をあずけた。何か思い出したようで、どこかうっとりとした目つきになる。


「……今日の肉スープ、美味しかった。すっごく」


「私も思いました!これまで、食べたことのない味でした。スープ担当のブルノさんが、本気を出してきたんでしょうか」


 と、興奮こうふん気味に言うリッド。


「そうだね、何だか身体が軽い気がする」

「私もです。屋敷の外を、スキップで回ってきました」

「あー、だからか。私が呼んでも来てくれなかったのは。……スキップって、ますますらしくないよ?誰かに見られてない?キャパオーバーで、現実逃避とうひ?」


 ねた顔をして見せるカイ。


「現実逃避、その通りかもしれません。すみませんっ……」

「別にいいよ。分かる」


 顔を見合わせた2人は、自然に笑顔になっていた。


「あのスープ、毎日食べたい」

「同感です。料理長に、お願いしておきましょう」

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