ヒステリック・ヒストリー
ラム
Prologue
2062年 終わりの始まり
──2062年
モニターのバックライトのみが広大な室内を照らす、天井は高いが薄暗く陰鬱とした研究所。
そこにあるのは夥しい数のコンピューター。
そして黄緑色の培養液に浸かった少女。
それに壁を埋め尽くさんとする無数のモニターに……それと向き合う1人の男。
男は血走った目でなにやらタイピングをしている。まるで取り憑かれたかのように。
彼は世界を殺した。ただ一つの目的のために。
そう、殺した……
突如自分が招いた
「違う! 私は蘇らせたかっただけだ! 決してこんな世界など望んでいなかった!」
男はモニターから背を背け、叫び続けると息を切らし、錠剤をポケットから取り出すと震える手でそれを飲む。
そして呼吸が落ち着いた頃、またモニターに向き合う。
男の中には罪悪感と使命感があった。
「彼女さえ無事に送り届けられれば……!」
男はタイピングを止めない。
壁中にある数十ものモニターには、黒いコマンドラインと数式が無数に浮かんでいる。
やがて、男はタイピングしていた手を止める。
「出来た……これで〝A世界〟は救われるはずだ……!」
歓喜に震える余裕もなく、男はエンターキーを押す。
するとコンピュータは演算処理を一斉に開始して、モニターの画面に次々と文字列が表示される。
>『Historical Intellect Science Unlimited Integration』
| > Installing...30%...60%...99%...《インストール中です》
培養液に浸かる少女が痙攣を起こす。
| > Transmigration running. checking error... 《転生稼働……エラーをチェックしています》
| > 1 fatal error. Do you want to run process?《転生中に1件の重大なエラーが見つかりました、本当に実行しますか?》
「くそっ、ここにきてエラーか! まだだ、このままでは〝B世界〟が救われない……!」
男はエラーの原因を瞬時に特定した。これさえ直せば〝ダイヤル〟は完璧に機能する。
しかし突如カツ、カツ、と背後で響く足音。
「!? まだエラーがあるというのに……!」
それが死神の来訪であることを悟った男は、やむを得ずショート・パスコードを送信するとエンターキーを再度押す。
| > OK. transmigration is running ...《了解しました、転生稼動…》
| > Abnormal situation,warning!《異常事態発生! 警告します!》
「くそ、早くしろ!」
男は叩きつけるかのようにタイピングをする。
| > Complete. 1 fatal error detected. exit.《完了。一件の致命的なエラーが検出されました。終了します》
足音の主はすぐ背後まで迫っていた。
男がエンターキーを押すと同時に、ドアが蹴破られる。
侵入した死神は静かに語る。
「あんたが去ってから20年……ずっと探していた」
「……久しぶりだな」
「しかし何故だ? あんたより平和的共存にこだわっていた男はいなかったのに……」
「……蘇らせたかったんだ」
「そのエゴのせいでどれだけ世界が狂ったと思っているんだ!」
「……お前にはすまなかったな」
「ふざけるな! あんたの罪は重い。楽に死ねると思うなよ」
弾丸に恨みを込めたかのように死神は発砲し、男は急所を避けるように銃弾を6発浴びる。
鮮血が舞い、男は無様に倒れる。
「ぐっ……ぅ……」
「そのまま失血死するまで苦痛に耐えろ。それがあんたに出来るせめてもの贖いだ」
苦痛にのたうちながら男に浮かぶのは懸念であった。
一件の致命的なエラー……これがもし彼女に、世界に最悪の事態が起きる物だとしたら……
しかし意味の無いことであった。
すまない、あとは彼女に頼む。
歴史を。
──世界を。
カチリッ
機械的な針の音が響くと、男の視界に大きく2062という数字が浮かんだ。
2062 2061 2060 2059
2056 2051 2044
2040 2032
2023……
その数字は、徐々に数を減らしていき、やがて2023で停止した。
ダイヤルは作動している。
彼女は──もう、時の向こう側だ。
男は、安堵にも似た微笑を浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。
──世界は、造り替えられる。
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