姿なき呪い(10)

 夜が明けるとミカエルとラファエルは、ロベルトの部屋を訪ねました。

 昨日は確認できなかった、起床から朝食までのルーティンを確認するためです。



「スキンケア用品、筆記用具、衣類すべて問題なし。――となると、やっぱりあれですね」

「あれとは?」


「あなたは呪われていません。隠れた病気もありません」


「はあ!?」


 堂々と言い切ったミカエルに、ロベルトは眉を吊り上げました。


「ふざけるな! ここ数日の私の状態を見ただろう!」

「依頼を受けたのですから、真面目にお答えしています。二日間行動を共にして、生活環境も確認して出した結論です」

「納得できるか! ラファエロ様! この子どもではダメです、あなたのお力で解決してください」


「そう言われてものう。実はわし、こっそり魔法を使って調べておったんじゃ。しかし呪術どころか魔法がかけられた痕跡もなければ、隠れた病気なんぞも見つからんかったぞ」


「有名な魔法使いが聞いて呆れる! こんなにハッキリと異常が出ているのに、原因がわからないなんて! 噂を鵜呑みにして頼んだ私がバカだった! 出て行け!」


「依頼主の希望による調査終了ということですね。報酬は?」

「依頼未達成なんだ。払うわけが無いだろう!」


「未達成ではなく、結論があなたのお気に召さない内容だっただけです。結果が気に食わないのは結構ですが、まさか調査をしたという行いに対しても支払わないというということですか?」


「良い客室に泊まって、上等な食事をしただろう。山奥で暮らしているお前たちには、おつりが来るほどの経験なはずだ」


「それを報酬と言っちゃうとか、商人の言葉とは思えませんね」


「詐欺師共に言われたくない! 騎士団に突き出さないだけありがたく思え! さっさと私の前から消えろ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るロベルトに、ミカエルは肩をすくめました。

 怯えて体が竦んだのではなく、ヒートアップした大人に対してやれやれという感じだったので、余計に怒らせる結果になりました。


 弟子と同じくラファエロも軽く肩を竦めると、二人は部屋を後にしました。



「大魔法使い様! お弟子様!」


 二人が廊下を歩いていると、マリアが追いかけてきました。


「あ、マリアさん。最後にお会いできよかったです。お世話になったのに、お別れの挨拶もなしは気がかりだったので」


「お気遣いありがとうございます。そうじゃなくて! 父の怒鳴り声が、私の部屋まで聞こえてきました。何があったんですか?」


 防音対策されているにも関わらず、怒鳴り声が聞こえてくるなど。ただ事ではありません。

 マリアが慌てて部屋を飛び出したところ、丁度階段に向かって歩いている師弟が目に入りました。


「ただクビになっただけです」

「クビって」

「タダ働きにになってしまったけど、これも社会勉強と思うことにします」

「待って、待ってください! 父はお二人に報酬を払わなかったということですか!?」

「はい。『呪いも病気もありません』と報告したら、詐欺師扱いされました」

「信じられない……。あっ、勘違いしないでください。これは父に対しての言葉です」


 身内のしたことを聞かされて、マリアは眩暈がしました。

 結果が気に入らなかったから報酬を支払わなかったなんて、外に漏れたらボスコ商会は終わりです。

 二人と過ごした時間は短いものでしたが、手を抜いている様子はありませんでした。


「父も追い詰められていて、期待が高かった分、絶望が大きかったのだと思います。とはいえ、お二人には関係の無いことです。父に代わりお詫びします」


「一昨日も言うたが、お嬢さんが頭を下げる必要は無い。子どものやらかしに親が責任を持つのは道理じゃが、逆はおかしいのじゃ」


「いいえ。親子ではなく、商会の一員としての行動です。私は創業者一族の人間として、商会に損失を与えるような事態が発生したら、対処にあたる責任があります」


「ふむ。立派な心がけじゃのう。おぬしは人の上に立つ器の持ち主じゃ、だが情が深すぎる気もする。心ない輩に利用されないか心配じゃ」


 ラファエロは、暗に父親を切り捨てられないマリアが、使い潰されてしまう可能性を指摘しました。


「……ご忠告ありがとうございます」



 マリアは二人を自室に招くと、ドレッサーの引き出しにしまっていた宝石箱を手に取りました。


「錬金術の触媒になったり、魔法石として加工できるものがあるはずです。お好きなものをお持ちください」

「結構貴重なものもあるのう。どんな経緯で手に入れたんじゃ?」

「母の遺品です」

「そういった替えのきかないものは、手放してはいかん。絶対に後悔するぞ」

「そこも含めて誠意だとお考えいただければと」


 ラファエロが助け船を出しても、マリアは一歩も引きませんでした。


「口止め料も兼ねているのであれば、遠慮無く頂戴しましょう。マリアさん、そうですよね?」


「……ええ。私が報酬を払ったこともですが、調査中に見聞きしたこと、できれば依頼をうけたこと自体口外しないでいただけるとありがたいです」


 マリアが問題視しているのは、ロベルトが最悪な形で契約を打ち切ったことです。

 名の知れた大魔法使いと、その弟子に悪印象を与えたうえに、落とし所を見つけて契約を完了とせず、破棄しています。


 娘の家庭教師に手を出し、妻が亡くなるなり愛人を秘書にした。

 謎の発作でいつ倒れるかわからない。

 望み通りの結果が出なければ、報酬を踏み倒す。


 今の師弟にこれら諸々の事実を黙っている義理はありません。

 引退したと言ってもラファエロは高名な魔法使いです。彼が知り合いに愚痴るだけで、ボスコ商会の評判は地に落ちるでしょう。


「わかりました。ロベルトさんは依頼主の立場を放棄されたので、報酬を支払われたマリアさんを依頼主とします。普段は軽い仕事なので口頭で引きうけますが、マリアさんの不安を解消するためにも、契約書を作成しましょう」


 ミカエルの同意を得られたので、マリアは早速書類の作成に取りかかりました。

 先代が生きていた頃は、次期商会長として祖父や母から直接手ほどきされていたので慣れたものです。


 あっという間に書きあげたひな形に、ミカエルの意見を取り入れて小一時間もしないうちに書類は完成しました。

 お互いに署名を終えると、ラファエロが書類に契約魔法をかけました。魔法が発動している限り、こっそり内容に手を加えたり、勝手に破棄することはできません。

 法的な拘束力が発生したことで、ようやくマリアは肩の力を抜きました。



「では依頼主であるマリアさんに本件の報告をさせていただきます」


「え?」


 ミカエルの発言に、マリアは目を丸くしました。『異常なし』が結論だった筈です。


「先ほどは報告の途中で激昂されてクビを言い渡されました。報酬の支払いも拒否されたので、こちらも報告を打ち切りました」


「つまり、あの話には続きがあると?」


「はい。呪いや魔法による不調ではありません。持病もなく健康体です。――とある嗜好品を突然絶ったのが全ての元凶です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る