ママはマネキン
中頭
第1話
私のママはマネキンだ。ピンクの口紅、ブルーのアイシャドウ。きつい眉の形に、毛穴ひとつないまろい頬。頭はつるんとしていて、同じように体も滑らかだ。関節は折り曲がるけれど、人間より動きは鈍い。呼吸はしないし、瞬きもしない。喋る時に唇は動かないし、眼球は止まったままだ。
私は彼女の腹から産まれ、彼女の娘として生きている。彼女は正真正銘──私のママだ。
他の家族との違いに混乱したけれど、でも、ママがマネキンだと言うことを除けば、私たちは何処にでもいるごく普通の家族だった。
「ミヨリちゃん、体操服は持った?」
キッチンからママが顔をひょこりと出す。菜箸を持った彼女はランドセルを背負った私を見つめていた。
感情が読み取れないその目を一瞥し「持ったよ」とぶっきらぼうに返す。ママはホッとしたのか「いい子ね。行ってらっしゃい」と言った。
声音から察するにきっと微笑んでいるに違いない。けれど、断言はできなかった。だって彼女は表情筋ひとつ動かない。頬は緩まないし、口角も上がらない。
なにひとつ読み取れないその表情が不気味で、私は急足で玄関まで向かい、外へ飛び出した。
マンションの廊下を走っていると、同じ階のモモちゃんと鉢合わせた。
ちょうど玄関から出てきた彼女は私の姿を見るなり、目をまんまるとさせた。
「ミヨリちゃん、どうしたの? そんなに急いで」
「モモ、体操服を忘れてる」
モモちゃんが言葉を発すると同時に、玄関からモモちゃんママが身を乗り出した。
私の姿を確認し、目を細めて「おはよう」と挨拶をする。私もぺこりと頭を下げた。
「忘れ物しちゃダメでしょう」
「ありがとう、ママ」
「じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい。ミヨリちゃんも、気をつけて」
私は無意識にモモちゃんママを見ていた。柔らかそうな二の腕や、頬の動き。笑った時に出来る目元の皺や、ほうれい線。その動き、一つひとつを目に焼き付けた。
「行ってきます」
モモちゃんが溌剌とした声で返事をする。彼女の声で我に返った私は視線を逸らし、モモちゃんのライムグリーン色のランドセルを追いかけた。
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