『異世界に逃げたら、入口の仙人がどう見ても世紀末覇者なステップで「かかってこい」と挑発してくる件 ~人生丸投げした俺、指先ひとつでダウンロード(物理)する最強の農民になる~』

志乃原七海

第1話# 異世界入口、そこは修羅の導き



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### 1. 逃避の扉


「さらば、クソみたいな現実! さらば、残業代の出ないブラック企業!」


山奥の廃神社。

借金と仕事のミスから逃げ出した男、**カケル(29歳)**は、都市伝説とされていた『異世界への扉』の前に立っていた。

手にはコンビニのビニール傘と、食いかけの唐揚げ弁当。


「ネットの書き込みは本当だったんだ……! この光に飛び込めば、俺は選ばれし勇者! チート能力(スキル)をもらって、エルフの美女とハーレムざんまい!」


カケルはニヤつきながら、躊躇なく光の渦へとダイブした。

「待ってろよ、俺のスローライフ!」


### 2. 賢者? いいえ、拳者です


光を抜けた先は、乳白色の霧が立ち込める「境界の地」だった。

目の前には、巨大な門。そして、その前に一人の**老人**が立っていた。


白い髭、長いローブ、トンガリ帽子。手には立派な木の杖。

どこからどう見ても、物語の序盤で導いてくれる大賢者、いわゆる『ガンダルフ』的な存在だ。


「おお! いた! チュートリアルのNPCだ!」

カケルは駆け寄った。

「賢者様! 俺に聖剣をください! それか、ステータス画面『オープン』のやり方を!」


老人は無言だった。

ゆっくりと、持っていた杖を地面に突き刺す……いや、手を離した。


**ズドォォォォン!!**


「え?」

カケルは耳を疑った。ただの木の杖が落ちただけなのに、まるで鉄骨が落下したような地響きがしたからだ。地面が陥没している。


老人はローブの裾をまくり上げた。

中から現れたのは、魔法使いにあるまじき筋肉の鎧と、カンフーパンツ。


**シュッ! シュッ!**

老人が爪先立ちになり、小刻みなステップを踏み始める。

軽快なリズム。ボクサーのフットワーク。残像が見えるほど速い。


「あ、あの? 賢者様?」


老人は右手を突き出し、人差し指と中指をクイクイッと動かす。

顔の前で、挑発的に。


**「……チョイ、チョイ」**


「え? こっち来いってこと? 歓迎のハグ?」

カケルが笑顔で腕を広げて近づいた、その瞬間。


**「ホアタァァァァッ!!」**


**ビュンッ!!**

怪鳥音と共に繰り出された正拳突きが、カケルの鼻先1ミリで静止した。

発生した衝撃波(風圧)だけで、カケルの髪の毛がオールバックになり、ビニール傘が骨組みだけになって吹き飛ぶ。


老人はニカッと笑い、低い声で告げた。

「……間合いに入ったら死んでおったぞ、小僧」


### 3. 勘違いの二刀流、そして四足歩行へ


カケルは腰を抜かして後ずさる。

「な、なんだよジジイ! 魔法はどうした! ファイアボールとかないのかよ!」


「魔法? ……軟弱な!」

老人はステップを踏みながら答える。

「この門の先は、暴力と筋肉が支配する**修羅の荒野**。MP(マジックポイント)などない。あるのはHP(体力)と物理のみ!」


「ふ、ふざけんな! 俺は帰る……いや、強行突破してやる!」

カケルは折れた傘の柄と、落ちていた木の枝を両手に構えた。


「見ろ! 俺のゲーマーとしての才能を! これぞ必殺、**『二刀流(ダブル・ウエポン)』**だ!」


**ピキン!**

老人の眉間がピクついた。

「……ほう。二刀流だと?」


「そうだ! 武器が二つあれば攻撃力は二倍! ビビったか!」


「……甘いわぁぁぁぁッ!!」


**ドゴォッ!!**

老人の回し蹴りが、カケルの武器ごとプライドを粉砕する。

カケルは地面に這いつくばった。


「戦場において、使えるのは二本の手だけではない!

 貴様が望むなら授けようぞ……!

 **『真・二刀流』改め……『四足歩行術(ビースト・ウォーク)』をな!!**」


「は、はいぃぃ!? 四足!?」


老人はカケルの背中に飛び乗り、杖で尻を叩いた。

「手も足も、全てが剣だ! 重心を低く! 大地を掴め!

 野獣のように駆け抜けるのじゃぁぁぁ!」


「ちがーーーう!! 俺がやりたかったのはキ〇トぉぉぉ!

 これじゃただの害獣だろぉぉぉ!!」


### 4. 憧れのスローライフ(地獄)


数時間後――あるいは数日後。

カケルはボロ雑巾のようになりながら、懇願した。


「わ、わかった……降参だ師匠……。

 もう戦うのは嫌だ。俺は平和に暮らしたいんだ。

 こう、野菜とか育てて、**自給自足(スローライフ)**の静かな暮らしを……」


「ほう、自給自足(サバイバル)か。よかろう」

老人はカケルを底なし沼のような泥地へ連れて行く。


「食うこと即ち生きること!

 この『人食いマンドラゴラ米』の苗を、一万本植えてみせよ!」


渡されたのは、キーキーと鳴いて指に噛み付いてくる凶暴な植物。

地面はコンクリートのように粘つく泥。


「腰を落とせ! 指先を硬化させろ!

 大地の抵抗に打ち勝ち、苗ののど輪を掴んで、**指先一つで大地に『突き』刺す!!**」


**ズボォッ!! ギャアッ!!**

老人の指が、苗を悲鳴ごと地面に埋葬する。


カケルは泣きながら泥にまみれた。

現代社会から逃げてきたのに、待っていたのは過酷すぎる肉体労働。


**「あ! もう! 変わんねーダロガよー!」**

カケルは絶叫した。

**「田植えなんてやりたくねーんだよぉぉぉ!!」**


「甘えるな! 『米(ライス)』を食いたくば『命(ライフ)』を燃やせ!

 これぞ奥義、**『北斗神・農・拳(ほくとしんのうけん)』**!!」


パシィィン!

「痛えええええ!」


### 5. 覚醒、そしてダウンロード


そして、時は流れた。

門の前には、泥と筋肉でコーティングされた一人の男が立っていた。

カケルだ。

もはや現代人の覇気はない。目は虚ろだが、体幹は岩のように安定している。


老人は満足げに頷いた。

「……いい面構えになった。

 勘違いするなよ。この門をくぐった先……お前が行くのは**修羅の荒野**……」


老人はカケルの、茶色く変色し鋼鉄のようになった指先を指差す。


「だが、その指があれば、どんな荒れ地も耕せよう。

 さあ行け! その泥臭い生き様で、このクソッタレな世界に……

 **花を咲かせてくれよ! 救世主さまよ!**」


**ドカァァァッ!!**

老人の惜別のドロップキックが炸裂。

カケルは光の中へ弾き飛ばされた。


転がり落ちた先は、荒涼とした大地。

すぐさま、巨大な棍棒を持ったオークの群れが、「肉だ! 肉が落ちてきたぞ!」と襲いかかってくる。


以前のカケルなら死んでいた。

だが、今のカケルは――ゆっくりと立ち上がった。


(……なんだこれは? 体が軽い。力が……湧いてくる!)


オークの振るう棍棒が、スローモーションに見える。

あのマンドラゴラの噛みつきに比べれば、止まっているも同然だ。


カケルはニタリと笑った。

その笑顔は、完全に理性が焼き切れていた。


**「は〜はっはは! おれは最強になったのだー!!」**


カケルは右手をスッと突き出す。

鍛え上げられた人差し指。それは岩盤をも穿つ「田植え指」。


**「データ(命)をもらうぜ……」**


迫りくるオークの眉間に狙いを定める。


**「指先ひとつで……ダウンロード(物理)さ!」**


**ズボォッ!!**


「あべしっ!?」

カケルの指が突き刺さると同時に、オークは遥か彼方へ吹き飛んだ。


カケルはフッと前髪を払い、荒野を見据える。


「……インストール(勝利)完了。」


**(第1話 完)**


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**次回予告**

「俺の動きについてこれるか? これが『四足歩行(ビースト・ウォーク)』だ!」

ついに始まる異世界(世紀末)無双。

次にカケルの前に立ちはだかるのは、**暴走するロードローラーこと『飛車』の男**!

次回、『盤上のルール(物理)を教えてやる』。

**お前はもう、ログアウトしている。

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