1-2 王都無法区「竜の喉笛亭」
「大丈夫か」
「……」
フィオナと名乗ったエルフの少女は、黙ったまま頷いた。だがそれは強がりだろう。なにしろまともに歩けもしなかったからな。俺の腕にすがるように体を預けながら、なんとか脚を進める。廃棄物処理場入り口までなんとか戻ったときには、もうふたつの太陽が真昼の配置を示していた。
その間、なにを訊いても話さない。なぜあそこで縛られていたのか、どうして傷だらけなのか、住まいや家族はどこか。ただただ悲しそうに無言で首を振るだけだ。
俺の馬、レイヴンは、入り口で貧しい雑草を食べて待っていた。俺を見ると嬉しそうに首を振り、ゆっくり近づいてくる。すぐそばまで来ると、俺の腕にすがる少女を見つめた。
つと近づくと、ミスリル色のきれいな髪をかきあげるようにして、頬を舐め始めた。フィオナはびくっと体を震わせたが、動かずにレイヴンのするがままにさせている。
「これは俺の馬、レイヴンだ」
「ち……力を感じる。い……癒やしの」
「そうか」
やっと口を利いてくれて助かった。
「悪いが鞍はひとり用だ。お前、裸馬には乗れるか」
黙ったまま、こっくり頷く。まあエルフだからな。大丈夫とは思っていた。
「手を貸す」
しゃがみ込んで両手を組み
「よし」
鞍に収まった俺は、手綱を握った。
「その傷だと脚で馬を挟めないだろ。踏ん張れる鐙もないし。俺が後ろから抱いてやる。いいな」
「……」
黙ったまま、首を縦に振った。
「よし」
壊れ物であるかのように、そっと腹に片腕を回した。俺の意図を汲み取ったかのように、レイヴンはゆっくり進み始めた。傷だらけのエルフを
「どこ……に」
「うん」
「どこに……行くの」
「心配するな。俺の下宿だ。取って食いやしない。傷が癒えるまで、俺が
「……」
黙ったまま、フィオナは俯いている。もうなにも口にしない。時折、レイヴンの首筋に手を置いて、優しく撫でているだけだ。
◇ ◇ ◇
「おいおい」
馬上の俺と少女を見て、オルクスは厨房から飛び出してきた。
王都無法区。それでも比較的治安のいい一角に、酒場「竜の喉笛亭」はある。俺の下宿だ。……といってもネズミやコウモリと同居する、屋根裏住まいだが。
「どこで拾った、その娘」
オルクスは人狼──ウェアウルフだ。それだけに俺達の接近を遠くから嗅ぎつけ、いつもと違う匂いに顔を出したのだろう。
「なんてこった。エルフじゃないか。なんでこんなに傷……それに服も」
「訳ありだ。他言無用で頼む」
「……おう」
「フィオナだ。しばらく俺の部屋に匿う」
「どうやら厄介事だな」
長い舌を出して笑い始めた。
「こいつは血が騒ぐ。……俺も久しぶりにひと暴れしたくなってきた」
オルクスは、人狼の中でも貴種である、銀の長毛種だ。王立騎士団に長く所属していたというのに、なぜかこんなヤバい地に隠棲している。流れ流れてここに吹き溜まった俺だが、こいつは俺の過去や商売に、全く口を挟んでこない。その意味で助かっている。
「オルクス、あんたにはコレットがいるだろ。無茶は厳禁だ」
「まあ……そうか……そうだよな」
悔しそうな顔をする。
「パパ、このお姉さん、だあれ」
スープのおたまを握ったまま、コレットが出てきた。オルクスの養女で人間。まだ十歳かそこらだというのに、しっかりしている。
「俺の客人、フィオナだ。仲良くしてやってくれ」
「うんゼノさん……って大変、大怪我してるじゃん」
目を見開いた。
「あたし、すぐお薬持ってくる。治癒魔法のかかってる包帯も。あたしだって少しは治癒魔法使えるしね。今はまだ店開けてないから、いちばん大きなテーブル席にいて」
「俺の部屋でいいよ。俺達は客じゃない」
「ダメだよ、屋根裏部屋なんて」
おたまを握ったまま、腕を組んだ。
「だってあそこ、ネズミやコウモリの糞だらけじゃない。傷が悪化するよ、ほんとにもう」
おたまでぽこんと叩かれた。
「あたしがたまに掃除しなかったら、とっくに廃墟だよ、あそこ」
「わかったわかった」
苦笑いする俺を睨むと、厨房に駆け込んでゆく。
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