私は今日も生まれ変わる
十坂すい
第1話 白
目を覚ますと、そこは真っ白な世界だった。
(お城?)
天井には豪華なシャンデリア、横を向くと幅広な階段が見える。
どうやら私は大広間の真ん中に横たわっていたようだ。
今日はお姫様か、と自分の置かれた状況を飲み込む。
私は毎日、見知らぬ誰かに生まれ変わっている。
ある時は盗賊に。ある時は異世界の商人にもなった。
大勢の前で演奏するピアニストになったときは緊張でどうにかなりそうだった。
毎日毎日目覚めると知らない世界で、今では自分が何であったのかさえも忘れてしまった。
わずかな頭痛を感じながら身を起こす。
絨毯がひいてあったおかげか、体はそこまで凝っていないようだ。
(すごい…)
体を起こして一番に目に入ってきたのは、着慣れないドレスだった。
ウェディングドレスのように白く、けれどスッキリとしたデザインで、動きやすさに重きを置いているようにも感じる。
真っ白な靴も同様、ヒールの高さは程々に、足首にはストラップが付いている。
まずは自分がどんな姿なのか確認しよう。
全身をうつせる大きな鏡でもあればいいのだけれど。
大広間を出て、これまた広い廊下を歩く。
窓はない。人の気配もない。
このお城の住民は私だけなのだろうか。
カツ、カツ、と私の足音だけが響いている。
(それにしても、こんなにお城中が真っ白だなんて)
目を覚ましたときに感じた真っ白な世界は比喩ではない。
シャンデリアも、絨毯も、廊下も天井も壁も、光も、身に纏っているものも、全てが白い。
それでも状況が理解できているのは、白色が何色もあるからだろう。
100だっけ、200だっけ…誰かがそんなことを言っていたのを思い出す。
もしこの世界の全部が全部同じ白色だったら、それは暗闇と同じだ。
何も見えず、私は何度も、訳もわからず体をどこかにぶつけていたに違いない。
延々と続いているように思えた廊下の端がいよいよ見えてくる。
その左側から光が差し込んでいるので、おそらくあそこには窓か光の差し込み口があるのだろう。
私は早足になってその場所を目指す。
もしかしたらあそこから外に出られるかもしれない。
白色が一色ではないとはいえ、ずっと同じような空間にいると感覚がおかしくなりそうだ。
「わ…っ」
あまりの眩しさに思わず声が漏れる。
光は扉の窓から訪れていたようで、扉を開けると一面に白が広がっていた。
夜の間に降り積もった雪が朝になって太陽を反射しているような眩しさ。
(まさか、ここには白以外の色がないの?)
だんだん目が慣れてきて、外の景色が見えるようになる。
眩しさに慣れるなんて初めての体験だ。
扉の先はメルヘンチックな空間が広がっている。
庭園なのだろうか。
外は色のある世界だと期待していた反動からか、私は色を塗ってやりたい衝動に駆られる。
お城もこの場所もせっかく素敵な場所なのに、これでは買ったばかりの塗り絵ではないか。
今ならうさぎを追いかけて迷い込んだ世界の女王の命令にだって喜んで従う。
が、ペンキなんてこの世界には存在しない。
存在しないは言い過ぎだろうか。
仮にあったとしても、白色しかないことは容易に想像ができるし、どこを塗る必要があるのか。私にはわからない。
白の世界でも、何があるかがわかるのは救いだった。
たくさんの木々に、きっと毒があるであろう水玉模様のキノコ。
少し歩くと小さな池があって、その中心に小さな家らしきものがある。
丸みを帯びた形の家で、窓の位置は不規則。その上には時空の歪みを感じるうねうねした屋根が乗っかっている。
(どうすればあの家に入れるんだろう)
家の周りは池で、だからと言って橋がかかっているわけでも、向こうまで渡れそうな岩が並んでいるわけでもない。
(あの家は観賞用?それにしては作り込まれているような)
池のふちのギリギリまで近付いて、歪な形の窓から家の中が見える。
中も当然真っ白だったけれど、煙突につながる暖炉、机に椅子、光を受けて輝くカーテンが確認できた。
その中でも一番目を引いたのは、青い何かだった。
この真っ白い世界で初めての色。
私の好奇心は掻き立てられる。
(挑戦してみなくちゃね)
牛乳のような池をじっと見る。
臭いはないけれど、水のように透明ではないので、池の底は見えず、深さがどのくらいなのかはわからない。
でも、ここは不思議な世界だ。
液体の上を歩けたってそうおかしなことではない…と思う。
私は池から何歩か遠ざかる。
「せーのっ」
勢いよく地面を蹴って池に向かって走る。
池の縁を越えてもスピードは緩めない。
(走れてる!)
私の足を中心に波紋が広がって、その部分だけが歩けるようになっているらしい。
この足があるなら、橋がないのも納得だ。
そうこうしているうちに家の扉の前に到着する。
鍵はかかっていない。
早くあの青い何かを探し出したい。
家の中はこぢんまりとした空間だった。
中心に存在感のある螺旋階段。
一階部分は窓から見えたとおり、暖炉に机、椅子がある。
けれど肝心の青い何かは見当たらない。
(私の見間違い?視力の良さには自信があったのに)
はぁ、と私はため息をつく。
これからどうしよう。次の誰かに生まれ変わるまで、この世界で生きるしかない。
生まれ変わることのできる不思議な現象は、自分の意思でどうにかできるほど都合よくはないのである。
カタ…ッ
2階から物音がして、身構える。
住人?あるいは私のような迷いびとか。
おそるおそる、ぐるぐる回る階段を上っていく。
下から見た階段は、それほど長くなさそうだったのに、いざ上ってみると終わりが見えず、恐怖を抱く。
お城の廊下も、今思えばだいぶ長かったように思う。
目的地までこんなに歩かなければならないなんて、この世界の人は暇なのだろう。
それか極度の健康志向の持ち主か。
どちらにしろ、体力のない私には迷惑な話だ。
やっとの思いで2階の床が見えるところまできた。
履き慣れない靴で階段を上ったせいか、日々の運動不足のしわ寄せか、それともこの生まれ変わった体の限界なのか、私の足は生まれたての子鹿状態だ。息も上がっている。
カタカタッ
やっぱり何かいる。
私は気合いで残りの階段を登り切る。
「キュッ」
疲労で座り込む私の目に入ってきたのは、小さな木の実を食べるリスだった。
棚の上にある小瓶から木の実を取り出しては口の中に入れている。
真っ白な木の実だ。
口の中を木の実でいっぱいにしたリスはじっとこちらを見る。
(警戒している?)
「ね、ねぇ、この家に、青いものが見えたんだけど、知らない?」
もしかしたら話が通じるかもしれない。
そう思って話しかけてみる。
それから数十秒見つめ合った後、リスは私の横を通って階段を降りていく。
私は長い階段を見て長い長いため息をついた。
降りていくなんて無理だ。途中で転けてゴロゴロ転がり落ちる未来が見える。
「はぁぁぁぁぁぁ」
その場に寝転がって、真っ白な天井を見た。
白い手。白くて長い髪。それが今の私の姿。
そういえば、鏡を探していたんだ、と思い出す。
(まぁ今更、自分がどんな姿かなんてどうでもいいけれど…)
すると突然、体が急降下する。
なにが起きたのか分からないまま、私は床に体を打っていた。
「キュ」
意識が朦朧とする。
(リスの鳴き声…)
声のする方へ目を向ける。
そこには青い瞳がうつされていた。
(なんだ…私の目が青かったんだ)
宝石みたいにきらめく深い青色。
この世界にたった一つの色でもあった。
(きれい)
少女は再び眠りにつく。
次の誰かに生まれ変わるまで。
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