明日見明里は退屈が嫌い
河野守
第1章 変人の幼馴染
第1話
人間の今世は前世の行いに影響されるのだという。前世で善行をたくさん積めば、幸福に恵まれる。逆に悪事を働いた者は、前世の罪を償うために不幸に見舞われる。
もしその話が本当だというならば、剛村烈は自身の前世について問いただしたい。
一体、前世の自分はどのような大罪を犯したのだと。
「……あー、なんで毎回毎回こうなるんだ……」
「なに独り言いってんだよ! 」
自分の運の無さを嘆く烈を、男の怒声が現実に呼び戻す。
烈が今いるのは深夜のコンビニ。そのコンビニのレジ前には包丁を持った二十代前半らしき男がおり、包丁の鋒をアルバイトと思わしき若い女性店員に向けている。
まさにコンビニ強盗の最中である。
烈は「すまんすまん。ちょっと現実逃避してた」と男に軽く謝罪。
「はあ、現実逃避? 何言ってんだ! てめえ、俺のこと舐めてんのか!」
「いや、あんたを馬鹿にしてるわけじゃないんだ。ただ、明日月曜の授業で提出する課題をやろうと思ったら、ノートが無くてコンビニに買いに来た。そうしたら、強盗に遭遇。今年何件目の事件だって、現実逃避もしたくなるだろ」
「訳わかんねえこと、言ってんじゃねえよ!」
怒声を張り上げる男を無視し、烈は今の状況を冷静に観察。
このコンビニは東北地方の中でも更に田舎とされる場所にあり、深夜ということも相まって他に客はいない。周りには住宅がないので、誰かが異変に気づき通報してくれることもない。
次に烈は男を観察。今は五月になったばかりで、夜の気温はさほど高くない。しかし、男は全身汗だくで、包丁を持つ手は小刻みに震えている。極度に緊張しており、男にとって今日の強盗が初めての犯行であることはすぐにわかった。
「いいから、お前は早くどっかいけよ! 殺されてえのか!」
男はがなり立てるも、烈を見る目は怯えていた。
それも仕方がない話。
烈は百八十センチを悠に超える長身。肩幅も広く、屈強な体つきをしている。顔も強面であり、短く整えた髪型も合わさって周りに威圧感を与える外見だ。
しかし、男が警戒している理由は烈の見た目だけではない。
本来凶器を持った強盗に出会したなら、大抵の人間は恐怖で動けなかったり、逃げ惑うはず。だが、烈は違う。特に恐れ慄くことも、驚くこともなかった。またかと、うんざりとしたリアクションだった。
まるで同じような場面に何度も遭遇し、慣れているかのように。
その烈の妙に落ち着き払った態度が、男には不気味に見えるのだ。
「なあ、あんた。強盗なんて馬鹿な真似はやめろよ。なんか理由があるのかもしれねえけどさ、家族が悲しむし、店員のお姉さんも怖がっちまってる」
烈は男の説得をしようと、まずは彼の良心に訴えかける。
「ガキが知った口を叩くな! 今すぐに金が必要なんだよ!」
男は怒鳴るだけで効果なし。烈は説得の仕方を変更してみる。
「あんた、自分の状況をよく見た方がいいぜ」
「……なに?」
「ほら、あれ」
男は烈に意識を配りながら、烈の指さす方向へと目を向ける。そこには監視カメラがあり、男の顔をばっちりと記録している。今時全てのコンビニには監視カメラがあるのだが、そのことを今まで失念していたようで、男は「……あ」と小さく声を漏らした。
「カメラだけじゃない。あんたの今の格好はスエットにサンダルと軽装だ。サンダルで来れる近い距離に住んでいるってことだろ。日本の警察は優秀だ。ここで強盗が成功しても、警察はすぐにあんたの居場所を特定するぞ。つまり逃げられないってことだ」
「逃げられない……」
「そうだ。これ以上罪を重ねる前に、自首しろ。そうすれば刑務所に入らっずに済むかもしれない。あんたまだ若いんだからさ、人生やり直せるって」
説得の仕方を、罪から逃れられないと諦めさせる方向性にシフト。
男はナイフを下ろし、顔を俯かせる。烈は説得が成功したと一息つくが、時期早々だった。
「……大丈夫だ、逃げられる。俺は逃げられる」
「いやいや、無理だって。諦めて……」
「うるせえええええ!」
男は店内に響く絶叫を発する。商品棚を蹴り倒し、血走った目で烈を睨みつける。
「目撃者が、お前らが死ねばいいんだ。そうすれば俺を見た人間はいなくなる」
「だから、カメラが……」
「お前らを殺した後、破壊すればいい。まずはガキ、お前だ!」
どうやら男は極限まで追い詰められたことで錯乱したようだ。ナイフをやたらめったらに振り回しながら、烈へと向かってくる。
「……はあ、馬鹿が……」
烈はため息を吐き、近くに置いてあった市販のビニール傘を手に取る。傘で的確に男の腕を叩き、男は痛みと衝撃でナイフを落とす。慌てて拾おうとした男の頬を傘で横から殴った後、男の股間を力強く蹴り上げた。
男はあまりの痛みにコヒューコヒューと息を何度吐き出した後、白目を剥いて口から泡を拭きながら床に倒れた。
男の気絶を確認した烈は、女性店員の方を振り向く。
「お姉さん、警察に通報して。あと、何か縛るものある?」
「う、うん。わかった。ちょっと待ってて」
バックヤードへ消えていく女性店員を見送った烈はこれで終わったと短く息を吐く。
「なんで、俺はこうもいく先々で事件に出会うのかねえ」
烈は生まれた時から特殊な体質をしている。
それは事件事故によく巻き込まれるというもの。数々の事件に遭遇した烈にとって、コンビニ強盗などもはや大したことではない。
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