「」
静動ちゃん
第1話
「総統閣下、此方、ロマノー国より届いた書状でございます。」
「そうか、ご苦労。」
アルセアはそう言って丁寧に封蝋で閉じられたそれを開封する。
中に入っている手紙を取り出して、目を通した。
「ふむ…我が国は忙しくなるぞ。」
「では、そちらは…。」
「ああ、ロマノー国はこのホーエンツォール国に正式に戦争を申し込んできた。」
手紙を持って来た男の顔は既に強張っていたが、アルセアのその言葉にさらに緊張が走った。
無理もない話だ。二大大国の直接の戦いが始まろうとしているのだから。
アルセアはホーエンツォール国の現総統だ。
もっとも、先代総統という者は存在しない。
何故なら、彼女がこの国を組み替えたからだ。
かつて強大な力を持つ王が支配していたこの国は前(さき)の戦争で大敗して民主政に移行した。それからというもの、以前の栄光はどこへやら、国は戦勝国の干渉を大きく受け、国民は疲弊し、産業は停滞した。
議会は右往左往するばかりで何の役にも立ちはしない。
選挙の演説もぱっとしないものばかり。
そんな中、彼女の演説は民衆を魅きつけた。堂々とした話しぶり、次々と溢れ出て、しかし破綻することのない言葉達。
なによりその言葉は、民衆にとって自分たちを理解してくれる為政者の誕生を期待させるものであった。
史上最年少の立候補者だった彼女はそのまま政権を奪取しそして史上最年少の元首となった。彼女は政治の仕組みを変えた、経済を動かした。
彼女のことを小娘と嫌う者もごくわずかにはいたが、そんな人々も、干渉してくる国々も全て懐柔していった。やがて国は彼女を”総統”とあおぐようになった。
彼女の下で国は栄光を取り戻し、そしてそのかつての姿すら追い越して西国一の大国となった。
そんなホーエンツォール国の唯一とも言えるライバル国が東国一の大国、ロマノー国である。
今、世界は数カ国の永世中立国を除いて全ての国がホーエンツォール率いる西かロマノー率いる東のどちらかの陣営に入っている。
経済体制その他国の方針が悉く異なる二つの陣営が手を取り合うことはなく代理戦争も各地で行われていた。
しかしその勝率は五分五分。
そのため、世界で囁かれるようになったのだ。
いずれ本国同士がぶつかる最終戦争が行われるぞ、と。
その最終戦争が、今、ついに起きようとしている。
「返事は今から書く。下がって良いぞ。」
戦争は好きだ。勿論、人民が犠牲になるのはいただけない。場合によっては国力が落ちる。
それでもどこかで秘密協定が交わされる、どこかで裏切りが起こる、人の生へのあるいは権力への欲が顕わになる、そんな様を見るのは非常に愉快であった。
ロマノー国の得意とする戦法は持久戦だ。
特に、冬は面倒だ。あちらは雪が当たり前だから何の条件にもなりはしないが、こちらにとって雪は不利になる条件でしかない。
今は夏の終わり。開戦は秋の初め。三ヶ月程度人海戦術で耐え、消耗しつつある敵軍をさらに寒さで弱らせ雪で足止めして潰す、そんなところだろう。
ならば此方は得意の電撃戦を使おう。
あの大国に、なによりあの女が率いる国に妙な小細工が通用するとは思えない。
正面切って、国力での対決。小細工をするのは、彼方が弱ってからだ。
ひとしきり考えをめぐらせ、改めて手紙をじっくりと読む。
一画一画がはっきりと書かれ、そして文字が均等な大きさで一列にきっちりとまっすぐに並んでいるそれは送り主の性格をよく表していた。
全てを丁寧に確認していったアルセアは、手を動かした拍子に持っている封筒の中にまだ何か入っていることに気がついた。
おや、とアルセアは少し驚いたような顔をする。
必要なことは全て書面に書かれていたような気がするが。
封筒をひっくり返す。紙に包まれた押し花が二つ。
一つはスノードロップ。そしてもう一つは。
「オキナグサ、か…。」
アルセアはふっと優しく微笑んだ。
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