第54話 決断

 翌日、神社の鳥居下には、ななせん椿つばきの姿があった。なおと警察による遺体移動などの処理は既に完了している。つまり、後はよみの返事を待つのみである。ちなみに、おんほむらの付添人ということで、昨日に神社を去っている。


 その後、詠が鳥居の方へ駆け寄るのが見えた。七瀬たちの前まで到着した後、詠は少し息を整える。


「……お待たせしました」

「答えは出ましたか?」


 七瀬が詠に尋ねた。


「はい」


 詠が確かな返事をしたのを聞いて、椿も緊張感で息が詰まるようだ。次の瞬間、詠は頭を下げる。


「……私を直霊に入れてください」


 詠の答えは肯定だった。その言葉を聞いて、七瀬も微笑みを浮かべる。


「大歓迎です」


 七瀬の言葉で、詠は頭を上げる。その表情からは一切の余念も感じられない。


「詠、本当に良いの? もう戻れない可能性だって……」


 一方、椿は不安感を拭えていなかった。


「はい。私は思うのです。御神玉さえ戻れば、十月とおつき神社はこれからも続いていくと」

「……」

「私の願いは、御神玉が無事に十月神社に返ること。それ以上は何も望みません」


 詠の言葉の後に、椿がそれ以上何か言うことはなかった。


「詠さんの思い、しかと受け取りました。私たちも全力で協力させていただきます」

「ありがとうございます」

「また、一つ謝らなければいけないことがあります」


 そして、今度は七瀬が頭を下げる。突然の行動に、詠も少し困惑したように見えた。


「詠さんが拒否しても、私は直霊まで連れて帰るつもりでした。それが術者に対する直霊の規則だからです」

「え?」

「騙すような真似をしたことを謝罪します。ただ、詠さんが自ら直霊に入ったという事実が重要だと判断した結果でもあります。なぜなら、詠さんに対する上層部の印象が変化するからです」


 天老にとって、最も大事なのは、命令に従順であること。強引に連れて帰った術者が、軟禁されるよりも直霊に入った方が良いと考えたとしても、天老視点では本当に指示を聞くのかどうか疑わしい。直霊として活動すると見せかけて、逃げられても困る。つまり、天老は即座に直霊に加入させる判断はせず、暫しの選定期間を設けるだろう。


 もちろん、最初から加入希望だとしても、同様に選定は実施される。しかし、その期間は前者の場合よりも短くなると考えられる。というか、それを実例が物語っていることを七瀬は知っていた。要するに、軟禁との二択を迫られた上で、直霊加入を希望した人物よりも、直霊と関わらない選択肢もあった上で、直霊加入を希望した人物の方が、天老にとって好印象であるということだ。


「最終的に、加入を承認するかは、上層部が判断することです。しかし、詠さんが直霊を志願したという事実と、私たちの推薦があれば、ほぼ確実に加入できると思います」

「……なるほど」


 詠も七瀬の思惑をゆっくりと理解していた。


「以上を説明してしまうと意味がないため、全てを伝えない選択を取りました。とはいえ、隠し事をしていたのも事実です。深く謝罪させてください」

「いえいえ、頭を上げてください」


 しばらくして、七瀬が頭を上げる。そして、詠に向かって、再び手を伸ばした。今度は、詠もしっかりと握り返す。


「……では、改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 力強い返事が聞こえた。昨日の様子が噓のようである。落ち込んでいても意味がない。それがわかっていても、感情を即座に切り替えることは難しい。だからこそ、詠が持つ不屈の心を感じることができた。


「後、私からも伝えておこうと思います」


 その後、詠が口を開いた。


「私が持つ霊魂術についてです」

「……ちょっと待って」


 詠が続きを話す前に、椿が割り込んだ。


「詠、自分の術を明かすことは危険だよ」


 世の中には、本人の意志とは関係なく、情報を抜き取る手段が存在する。たま宿やどりうんぎょくもその内の一つである。つまり、味方であっても、秘密を話すことには慎重になるべきだろう。霊魂術や神器への対抗策がない以上、秘密を共有している人物の数が少ないに越したことはないのだ。


 実際、直霊でも互いに術を知らない関係も多く存在する。というか、何となく術の概要は知っていても、詳細は別に知らないというのが、大半であるだろう。正直、他の捜査員に対して、意図的に手の内を隠している人物がいても、全く不思議ではないほどである。


「椿さんの言いたいこともわかります。しかし、術の開示が危険であるからこそ、信頼の証になるのですよね?」

「う、うーん。まあ、好きにすると良いけど……」


 詠の眼差しを見て、椿も折れるように口を閉じた。


「ということで、私が持つ術について説明します。一言で表すと、未来予知ですね」

「……ん?」


 千里が思わず声を漏らした。完全に想定外の術だったからである。


「未来予知という術がこの世に存在するのか、ですか?」

「え、余が言おうと思っていたこと……」


 詠は千里の言葉を先行し、反復した。もちろん、思考を読む術ならば、同じことが可能かもしれない。ところが、通常の場合、脳内思考と口から出る言葉には、若干のタイムラグしかない。つまり、千里が何か言う前に、発言全てを把握したというのは、思考を読んでいるにしても、あまりに早い。


「なるほど、少し先の未来が見えると?」

「はい」


 千里が驚いている通り、未来予知能力など噂にも聞いたことがなかっただろう。

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