第18話 狩人

 オークションが開幕した頃、ホテル付近の森の中には、かおるおもいが息を潜めていた。


「想、停泊している客船は制圧完了したのだよね?」

「はい。りんさんが終わらせてくれました」

「そっか。何か、相手は気の毒だね……」


 凜と対峙してしまうのは、可哀想という意味である。


「これで逃亡準備は整いました。後は、神器の回収だけです」

「ちなみに、船の運転って誰がするの?」

「もちろん、私です」


 薫の質問に、想は自信満々に返事をした。


「……想ってさ、何でもできるよね」

「そんなことはないですよ。それに、大半が盗んだ技術ですので」

「盗んだものも結局は使い方次第でしょ? 想は凄いと思いよ」


 直後、想は薫の方から顔を逸らして、表情を隠した。


「……素直に受け取っておきます」

「想、照れているの? 年相応なところもあるね」


 薫は笑っているようだ。


「薫さん、五月蠅いです」


 想は即座に真剣な表情に戻った。それを見て、薫も笑うのを止める。


「ところでさ、神器の回収は凜にも手伝ってもらった方が良い気がしない?」

「いえ、凜さんは待機で良いと思います」

「何で?」


 薫が想に疑問をぶつけた。わざわざ戦力を分散させる理由はないはずである。


「凜さんは加減が苦手ですので、誤って神器を壊してしまう恐れがあります」

「なるほどね。神器を破壊されたら、作戦失敗どころの話じゃないからな……」


 想の言葉で、薫もどうやら納得したようだ。







 一方、ホテル最上階では、龍宮たつみやに合流するおおの姿があった。現在、龍宮がいる場所は闇商品保管庫の入口である。つまり、龍宮が番人をしているのだ。ちなみに、邪魔と言う理由で、最上階には龍宮以外の警備員は配置されていない。


「何だ、大和田か……」


 集中している様子の龍宮は大和田を見て、吐き捨てるように言った。


「念のために、商品の確認に来た」

「別に、誰も来ていないが?」

「警戒するに越したことはないと言ったのは、お前のはずだ」


 大和田も龍宮に負けず、言葉を返した。


「ふん、好きにしろ」


 そして、大和田は龍宮の前を通り過ぎて、保管庫の扉の施錠を解除し始めた。


「……おい」

「何だ?」

「私との契約、覚えているか?」


 途中、龍宮が大和田に声をかけ、質問した。


「もちろんだ。神器の受渡が無事に終了すれば、残りの額は即座に支払おう。落札者との契約は、お前の自由にすると良い」

「そうか……」


 龍宮は少し悩む素振りを見せた。


「何か不満か?」


 今度は、大和田が龍宮に尋ねた。


「いや、それをお前がなぜ知っているのかと思っただけだ」

「は?」


 二人の間に不穏な空気が流れ始める。


「何を言っている? 龍宮と俺の契約だ。俺が知っていなくて、誰が知っている?」


 大和田が龍宮に疑問をぶつけた。


「そっちこそ、何を言っている? お前、大和田じゃないだろ」

「……」


 龍宮の言葉で、大和田は黙る。


「否定しても無駄だぞ。疑わしきは罰する主義だ。オークションが終わるまで、お前には大人しくしてもらおうか」


 その言葉の後、龍宮が戦闘態勢に入る。


「……ふーん。何で気づいたかだけ、聞いても良いかな?」


 大和田が口を開いた。その口調は大きく変化している。


「少し前、オークションスタッフから私に電話が来た。大和田は喫煙所に寄ってから戻ると言っていたが、やけに遅いと」


 つまり、スタッフは大和田が龍宮のところに来ていないか、確認していたのである。


「遅かったことを疑っていたの?」

「それもあるが、疑った最大の理由は、煙草の匂いだ」


 大和田は頭を悩ませている様子である。


「……納得いかないね。喫煙所に寄ったはずなのに、煙草の匂いがしないというのならば、私も理解ができるのだけど」

「その逆だ」

「逆?」


 龍宮の言葉の意味を、大和田はまだ理解できていないようだ。


「お前は煙草の匂いが強すぎる。まるで数秒前まで煙草を吸っていたかのようだ」

「……」

「ホテルが全館禁煙なのは、大和田が最も理解しているはずだ。この最上階に辿り着く直前まで、大和田が煙草を吸っていることはありえない」


 龍宮の言葉を聞いた後、大和田はなぜか落ち込み始めた。


「なるほどね。精度が仇になったか……」


 その言葉の後、龍宮が感じていた煙草の匂いは全て消え去った。しかし、その表現は正しくない。なぜなら、龍宮が感じていた匂いは最初から存在しないものであるからだ。


 そして、龍宮の目の前には、大和田とは似ても似つかない女性の姿があった。彼女こそ、想たちが連れていたぶきである。


「……あらみの幻覚術か」

「へえ、詳しいね」

「何者だ、お前?」


 龍宮は完全に臨戦状態である。


「別に、何者でもない一般女性だよ?」

「……嘘つけ」


 直後、龍宮が衣吹に向けて、前蹴りを繰り出した。その打撃を衣吹は腕で防御したが、威力が高く、受け切ることはできなかった。衣吹の体が床から離れ、吹き飛ばされる。しかし、それは衣吹の想定通りと言うべきなのかもしれない。


 衣吹は衝撃を利用して、宙返りで着地した後、非常階段の方へ走り出し、そのまま階段を下っていった。龍宮も追跡しようとしたが、衣吹の体を視界から一瞬外すことになってしまう。


 そこで、龍宮はこれ以上の追跡を止めることにした。視界から外れた時点で、衣吹が再び別人に変化した場合、即時的な判別が不可能に近しいと考えたからである。また、龍宮を保管庫から離すことが相手の目的である可能性も警戒するべきであるだろう。


 その後、龍宮は保管庫の前まで戻ってきたが、これからの防衛戦略をどのようにするべきか悩んでいた。衣吹がわざわざ大和田の姿に見せかける幻覚術を使用していたことは、無闇な戦闘を避けるための作戦の一つであるだろう。つまり、それが失敗した以上、今度は強引な作戦に切り替えてきてもおかしくない。よって、このまま保管庫を張っているだけでは、相手に追加の準備期間を与えるだけである可能性が高い。


 しばらくすると、龍宮は一つの答えに辿り着いた。龍宮への命令は闇商品、特に神器を守ることであって、決して神器を使用してはいけないとは言われていない。そして、龍宮は保管庫の扉を解錠し、中に入った後、静かにたまきざみらいきゅうを手に取った。相手の狙いは十中八九、この神器である。ならば、それを利用すれば良いだけの話だ。


 ここから龍宮はもう保管庫の番人ではない。神器を餌にして、それに群がる輩を撃ち抜く狩人である。

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