第53話 インビンシブルの異邦人
物心ついたときから僕は影の薄い存在だった。
あら、そんなところにいたの。
母親によく言われた言葉だ。
僕はとにかく人に認識されない子供だった。
すぐに迷子になり、両親を困らせた。これには僕にも反論がある。
両親はすぐに僕を見失うのだ。
母親と手をつないでいたのに知らぬ間にいなくなっている。
目の前でここだよと言っているのに母親はまったく違う場所を探しに行く始末だ。
そして母親は言うのだ。
「灰都、どこに行ってたのよ」
母親も父親も僕をそう言って叱る。
いやいや、ずっと近くで呼んでいたのに見当違いのところを探しに行くのはあなたたちではないか。
お陰で僕は一人で家に帰るすべを同い年の子供たちよりも早くに手に入れた。
幼稚園にあがると今度は保育士の先生にもよく目を離された。というか僕は保育士の先生の目の前にいるんだけどそれに気づかず、彼女は僕を探している。
飛びつくようにして保育士の先生に抱きつくと彼女はようやく気づいてくれた。
「もうどこに行ってたのよ」
それは両親によく言われた言葉だ。
本当はずっと保育士の先生の近くにいたんだけどね。なぜか彼女らは僕をすぐに見失うんだよな。
余談だけど保育士の先生はけっこう胸が大きくて、抱きついた瞬間の柔らかさは今でも忘れられない。
もちろん、僕が得意な遊びはかくれんぼだ。誰も僕を見つけることは出来ない。いや、一人だけ出来たんだよ。僕を見つけられる人がね。
「影山灰都君ね、見つけたよ」
滑り台の下に隠れていた僕をその子は見つけ出した。
その女の子の名前は
日向陽菜子は僕が幼稚園に上がる時にこの近くのマンションに引っ越してきたという。
日向陽菜子は僕のいわゆる幼なじみになった。不思議と彼女だけがどんなに本気で隠れていても見つけるのだ。
特殊能力でも持っているのではないかと幼い僕は思った。
不思議と日向陽菜子がそばにいる時だけ、保育士の先生は僕に気づくのだ。見失われることもない。でも陽菜子がいないときは、また僕は見つけてもらえなくなる。
小学生になると僕の見つけてもらえなさは加速した。遠足や社会見学で担任の先生が見失うのはもはや恒例行事であった。ひどいときは警察が探しにきた。しかも一回や二回じゃない。
数えるのが面倒なほどだ。
「影山君、どうしていつも勝手にいなくなるの」
担任の女教師は目をつり上げて、僕を叱る。
いやいや、僕はクラスメイトたちとずっと一緒にいたよ。勝手に見失って怒るのは心外だ。
「先生、灰都君はずっと一緒にいましたよ」
女子グループから離れて、陽菜子が助け舟を出してくれる。これも恒例になっていた。
勉強もスポーツもできる陽菜子がかばってくれて、ようやくその場は収まるというのが一連の流れになっていた。
「もう灰都君は私がいないとだめなんだから」
どうしてか分からないが陽菜子は笑顔でそう言うのであった。
中学を卒業し、僕は府立友ノ浦高校に進学した。陸上で全国大会にも出るような選手になっていた陽菜子も同じ高校に進んだ。
「推薦で体育大学付属に行けたのにどうして?」
僕は陽菜子に尋ねた。
「だってあんた、私がいないとだめじゃない」
笑顔で陽菜子はそう答えた。
だめじゃないと思うんだけどな。
僕は彼女なしでもやっていけると思っていた。だってもう高校生だよ。もう少しで成人なのに幼なじみがいないと誰にも相手してもらえないなんて。
一緒の高校に通うようになって、陽菜子は毎日僕と登校するようになった。
登校するたびに周囲の視線が痛い。
それは日向陽菜子がとびっきりの美少女に成長していたからだ。あの切り揃えられた前髪はそのままに大きな瞳と爽やかな笑顔もプラスされ、同学年男子の憧れの的になっていた。
ちなみにスタイルは陸上をやっているので、ほっそりとしている。でも出ているところはきっちりと出ている。
「私、また胸が大きくなったのよね。Dカップだってさ。走るのに邪魔なんだよね」
陽菜子は自らの胸を持ち上げて、そう愚痴る。
それ、他の女子には言わないほうがいいと思うよ。陽菜子は幼なじみということもあり、僕には気を使うことなく何でも話す。
僕も陽菜子以外は視界にすら入れてもらえないので、必然的に彼女とばかり話すようになった。
これで陽菜子のことを好きにならないわけがない。僕にとって陽菜子はかけがえのない存在になっていた。だって彼女がいないと誰にも認識してもらえず、日常生活にさしつかえることが多々あるからだ。もし、陽菜子に好きな人が出来て、僕のそばから消えたらどうしようかとその恐怖に悩まされるほどだ。
そんな恐怖に怯える生活を送っている僕はある人物に遭遇した。
その日、陽菜子が陸上の大会が近く、練習で遅くなるというので一人で帰宅した。
高校生になり、一人だと駅の自動改札にすら反応してもらえない。よくあの扉に足があたる。しかも駅員は僕を見つけられなくて、機械の故障を疑うのだ。
僕はそんな駅員を無視して、外に出る。
どうせ声をかけても気づかれないのだ。
そう、高校生になって声にも反応されなくなっていた。
「やあ、影山灰都君だね」
見るからに良い生地を使ったスーツスカートを着た女性が僕に声をかけてきた。
声をかけてきたのだ。
普段、陽菜子がいなければ誰にも気づかれない僕に彼は声をかけてきた。
「私は
ニ十代後半であろうその女性は親しみやすい笑みを僕に向けて、そう名乗った。
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