第43話 若返ったお祖母ちゃん②

 里美絵津子という名前はどこかできいたことがあるような気がしたが、明人は思い出せなかった。

 その美少女はやわらかなそのおおきな二つの丘を明人におしつけたままにこにこと微笑んでいた。

 明らかに混乱している明人を尻目に電車は彼が通う高校の最寄り駅へとついてしまった。

 電車がつくと里美絵津子はするりと腕をはなし、立ち上がった。

「じゃあね、明人君」

 そのかわいらしい顔の横で小さく手をふるとその美少女は電車を降りて、どこかに消えてしまった。

 

 彼の腕にはまだ里美絵津子の肌の暖かさが残っていた。

 その残滓にぼんやりしそうになっていた明人だったが、降り送れることに気がつき、彼は慌てて電車を降りた。


 すぐに電車はプシューと音をたて、ドアをしめて発車していく。

 明人はそれをぼんやりと見送る。

 そしてはっと気がつく。

 ぼんやりとしていると遅刻してしまう。



 午前中の授業はいつもの通り過ぎていった。

 あの電車での出来事はまるで夢のようだ。

 突然あらわれて大声で大好きなんて言われるというのはやはり夢だったのかな。

 物理の眠くなるような授業を聞き流しながら、明人は思った。


 四時間目が終わり、お昼の休憩となった。

 彼はいつものように学生食堂に向かった。

 その食堂の窓際の席で日替わり定食を食べるのが彼の代わりばえのない日常だった。

 

 ただ、その日だけは違った。


 食堂に入ろうとした明人の手をぐっと引き止める手があった。

 すべすべとしたさわり心地のいい手だった。

「明人君、今日は私と一緒に食べよう」

 半ば強引に明人は中庭につれていかれた。

 明人の手をひいたのは里美絵津子であった。


 その中庭にベンチがいくつかあり、何人かが昼食をとっていた。

 そこに突然現れた長身の巨乳美少女に周囲の人間は興味の視線を送っている。

 我関せずに絵津子は明人を空いているベンチに座らせる。


 二人の間に紫の風呂敷がおかれた。

 

 風呂敷なんていう代物を見るのは久しぶりの明人だった。これもどこかでみたことあるな。

 するすると風呂敷を開くとそこには二段の小さなお重が姿を表した。

 おせちなんかを入れているあれだ。


「じゃ~ん」

 にこやかにいい声で絵津子はふたを開ける。

「これ全部私が作ったんだよ」

 絵津子は言う。

 

 お重の一つは筑前煮にタコさんウインナー、卵焼きにポテトサラダなどなど。

 もう一つのお重はお握りがつまっていた。

 どれも美味しそうだが、派手でかわいらしい絵津子が作ったにしてはどこか地味に思われた。


「はい、じゃあ食べさせてあげるね」

 絵津子は言い、筑前煮の鶏肉を箸でつまむと明人の口に入れた。

 明人はされるがままで食べてしまった。

 ごくりと飲み込む。

「お、美味しい」

 思わず、明人は言ってしまった。

 そう、それはすごく美味しい。

 体に優しい、思いやりの味がした。

 この味、とこかで食べたことがある。

 なんとか思い出そうとする明人だったが、今度はお握りを口に入れられた。

 う、これもうまい。

 口に入れた瞬間お米がほどけ、ほどよい塩加減の米が口に広がる。

 どうやら梅干しのお握りのようだ。

 しっとり巻かれた海苔がいいアクセントだ。

「でしょう」

 とびっきりのかわいい笑顔で自慢気に絵津子は言った。

「それじゃ、私も食べよう」

 お握りの一つをつかみ、ぱくりと食べる。

 なかなかいい食べっぷりだ。

「落ち込んだりした時はまずはお腹いっぱい食べるといいよ。食べることは生きることだからね。美味しいものをお腹いっぱい食べると人間はそれだけで幸せになるんだから」

 絵津子は言った。


 他の人に言われたらこの人何言っているのと思う。だが、目の前の絶世の美少女に言われるとどこか納得してしまった。


 二人は周りの目を気にせず、絵津子が作ったという料理を食べた。

 周囲にいる人たちも最初はもの珍し気に見ていたが、やがて自分たちのグループだけで話をするようになっていた。

 そうか、周囲の人間は僕が気にするほど僕のことなんで気にしていないのか。

 明人はそう思った。


「ほら、ご飯つぶついてるよ。お米には八十八の神さまがいるんだから無駄にしちゃだめなんだよ」

 絵津子はそう言うと明人の口元についたご飯つぶをペロリとなめて食べてしまった。

 ねっとりと湿り気のある舌が皮膚を撫でていくとえも言われぬ気持ちよさだった。

 明人がどぎまぎしているとまた絵津子はうふふっと愛らしく笑うのだった。


 お弁当を平らげたすぐ後、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り出した。

 手早くお重を片付けると絵津子は立ち上がり、明人の手を握りしめた。

「午後の授業も頑張ってね」

 そう言うと里美絵津子は風呂敷に包んだお重を持ってまたもやどこかに消えた。

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