夜明け前、君に還る

蒼衣

プロローグ  

手のひらが、まだ熱い。

外した手袋の内側に残る温度が、現実を告げていた。


「……澤村先生、もう、戻りません」

看護師の声が震えていた。

静まり返った手術室で、モニターの音だけが淡々と死を知らせている。


僕は動けなかった。

何を失ったのかも、何をすべきだったのかも、

すべて霧の中に沈んでいく。


「記録を止めてください」

かすれた声が自分のものだと気づくのに、少し時間がかかった。

時計の針が音を立てて進む。

誰も僕を見ない。

誰も責めない。

だからこそ、胸の奥に沈む重さは消えてくれなかった。

この瞬間、僕は世界から切り離された。


――静寂とは、罰の音だ。

その夜、僕はそれを知った。


——その日からだ。

僕の世界が、音を失い始めたのは。

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