魔力ゼロの家畜扱いだった俺、実は魔法を消滅させる『完全魔力無効』持ちでした 〜処刑の炎を手で払ったら、なぜか「始祖の王」と崇められて、世界最強の美女たちに溺愛され始めた件〜

秋葉原うさぎ

第1話「ただのゴミ掃除のつもりだったが、どうやら『王の覇気』に見えたらしい」

「正直、帰って寝たい」

そう思いながら、俺――湊(ミナト)は、学園の闘技場(という名の処刑場)の真ん中に立っていた。

じりじりと照りつける太陽。肌を焼くような熱気。

そして何より、周囲を埋め尽くす全校生徒一千人からの、冷ややかすぎる視線。

(あー、だるい。なんで俺、こんなとこで突っ立ってんだろ。寮のベッドの硬さが恋しい……)

ここは、女が支配し、男が傅く女尊男卑の世界。

男は女に魔力を供給するだけの『家畜』であり、この『王立魔導学園』は、良質な種馬を育てるための牧場だ。

才能ある男は、貴族の女子生徒に「飼われる」ことで一生安泰の地位を得る。逆に才能のない男は、過酷な労働施設へ送られるか、あるいは――魔力の実験台として廃棄処分される。

そして俺は今、その「廃棄処分」の瀬戸際に立たされていた。

「これより! 魔力測定不能の欠陥品、ミナトの最終試験を行う!」

闘技場の中央に響き渡るのは、ヒステリックな女教師の声だ。

きっつい香水の匂いが、ここまで漂ってくる。鼻が曲がりそうだ。

「ミナト! 貴様のような無能が、神聖なる学園に紛れ込んでいたこと自体が恥辱! 最後の情けだ、その魔力測定水晶に手を触れよ。万が一にも反応があれば、下級使用人としての道を残してやる!」

女教師が指差したのは、俺の目の前に置かれた巨大な水晶玉だ。

触れた者の魔力量に応じて光り輝く、国宝級の魔道具らしい。

(さっさと終わらせて帰ろう。どうせ光らないし)

俺はため息交じりに、水晶へ手を伸ばした。

ペタッ。

やる気のない音が響く。

……シーン。

水晶は、うんともすんとも言わない。

光るどころか、俺が触れた部分が少し曇っただけだ。手汗か?

「……は、反応なし、だと……!?」

女教師がわなわなと震え出す。

観客席からは、「やっぱゴミね」「空気吸うのも無駄じゃない?」「見てるだけで魔力が腐りそう」といった罵詈雑言の嵐。

(うるさいなぁ。ていうか、反応ないなら帰っていい? 今日、食堂の限定プリンの日なんだけど)

俺が手を離して踵を返そうとした、その時だった。

「待ちなさい! 誰が帰っていいと言ったの!?」

女教師の金切り声が鼓膜を裂く。

振り返ると、彼女は顔を真っ赤にして、持っていた杖をこちらに向けていた。

「魔力ゼロ……魔力を持たない男など、家畜以下の産業廃棄物! 生かしておけば、大気中のマナを汚染するだけの害悪よ!」

女教師の杖の先端に、どす黒い赤色の光が収束していく。

おいおい、まさか。

ここは学園だぞ? いくらなんでも、生徒に向かって――。

「死んで償いなさい! 『紅蓮の処刑火球(プロミネンス・バレット)』!!」

本気だった。

放たれたのは、教育用の生ぬるい魔法じゃない。軍事用の上級攻撃魔法だ。

直径三メートルほどの巨大な火球が、轟音と共に俺へ向かって一直線に飛来する。

ゴオオオオオオオオオッ!!

熱波が肌を焦がす。直撃すれば、俺の体など炭すら残らないだろう。

観客席の女子生徒たちが「キャアッ!」と悲鳴を上げ、一部のエリート貴族たちが「あら、良い見世物ね」と嗜虐的な笑みを浮かべる。

だが、俺の感想は違った。

(うわ、あっつ。……マジでやめてくんないかな。汗かきたくないんだけど)

死の恐怖? ない。

あるのは、ただひたすらな「面倒くささ」だけ。

だって、こんなの避けるまでもないし。

俺はあくびを噛み殺しながら、顔の前に飛んできた火の粉を、手で払う動作をした。

まるで、目の前を飛ぶうるさい羽虫を追い払うように。

「シッ」

ただ、それだけ。

――シュンッ。

その瞬間、世界から音が消えた。

俺の手が触れた刹那、荒れ狂う爆炎は物理法則を無視して『無』へと還り、煙一つ残さず消滅したのだ。

……。

…………。

静寂。

一瞬前まで轟音を上げていた火球が、まるで最初から幻覚だったかのように掻き消えている。

俺のユニークスキル『完全魔力無効(アンチ・マジック)』。

自分に向けられたあらゆる魔力干渉を自動的に無効化する、俺だけの地味な護身術だ。

魔法防御(レジスト)とか、相殺(カウンター)とか、そんな高尚なもんじゃない。

ただ、俺の半径数センチの世界において、「魔法」という概念が成立しなくなるだけのバグ技。

(あー、うっとうしい。なんか煤(すす)がついた気がする)

俺はパパンと手を払い、気だるげに呟いた。

「埃っぽいな……。もういいですか? 帰りますね」

そう言って、俺は何事もなかったかのように出口へと歩き出す。

背後で、女教師が口をパクパクさせながら、へたり込む音が聞こえた。

「な……な……」

「今の『最上級殲滅魔法』を……素手の一振りで……!?」

「ま、魔法を相殺したのではない……彼が触れた瞬間、魔法そのものが『存在してはいけない』と判断して自滅した……!?」

「ありえない……物理法則の改変……いや、『理(ことわり)』の否定……!?」

ざわ……ざわ……と、会場に広がる戦慄と困惑。

おいおい、ただ手で払っただけだぞ? 何をそんなに驚いているんだ。

最近の魔法使いは、演出過多ですぐに大げさなリアクションをするから困る。

(やれやれ、これでやっと解放される……)

だが、俺は気づいていなかった。

観客席の最上階。

学園長すら傅く貴賓席から、この学園、いや世界最強の魔術師と謳われる『神官長』アテナ・グローリアが、とろけるような熱い瞳で俺を見下ろしていることに。

◇ ◇ ◇

(……退屈だわ)

神官長アテナ・グローリアは、頬杖をつきながら欠伸を堪えていた。

黄金の髪、宝石のような碧眼、そして女神のごとき豊満な肢体。

若くして国一番の魔力を誇り、次期教皇候補とまで呼ばれる彼女にとって、この学園の行事など児戯に等しい。

男など、ただの道具。

魔力を吸い取るだけの電池。

そう教えられてきたし、実際、彼女の圧倒的な魔力の前に、まともに立っていられる男など存在しなかった。

だから、あの黒髪の少年――ミナトが処刑される光景も、ただのゴミ処理として眺めていただけだった。

あの時までは。

「シッ」

彼が、無造作に手を振った瞬間。

アテナの目に映る世界が、反転した。

(――ッ!?)

見えたのだ。

彼の手が触れる直前、処刑魔法を構成していた数億の精霊たちが、一斉に悲鳴を上げて逃げ惑う姿が。

『逃げろ! 消される!』

『触れるな! あの方に触れるな!』

『王だ! 始祖の王の御前であるぞ!!』

魔法が無効化されたのではない。

魔法そのものが、彼という存在に恐れをなし、自ら消滅を選んだのだ。

絶対的な上位存在に対する、平伏。

(魔法を……従わせた?)

いいえ、違う。

あれは、慈悲だ。

うるさい羽虫を殺さず、ただ手で払って「去れ」と命じただけの、王者の振る舞い。

ドクン、とアテナの心臓がかつてないほど激しく跳ねた。

今まで、自分より強い存在などいないと信じていた。

男など、守られるだけの弱い生き物だと見下していた。

だが、あの方はなんだ?

死の魔法を前にしても、眉一つ動かさない胆力。

世界を焼き尽くす炎を、「埃っぽい」の一言で切り捨てる傲慢さ。

そして何より――あの気だるげな瞳の奥に宿る、底知れぬ虚無(ただ眠いだけ)。

「……ああっ……」

アテナは震える手で自身の胸を押さえ、熱い吐息を漏らした。

下腹部がきゅん、と疼く。

生まれて初めて感じる、「敗北感」という名の甘美な毒。

「……理(ことわり)すらも従える、絶対不可侵のオーラ……」

「魔法を行使するまでもない。ただそこに在るだけで、万象が平伏する……」

彼女の脳内で、都合の良い解釈(妄想)が光速で構築されていく。

魔力がない? 違う。

あの方の器が大きすぎて、測定器ごときでは計測不能だったのだ。

無能? 違う。

あえて力を隠し、愚かな民草を観察しておられたのだ。

なんて、なんて奥ゆかしい方……!

「見つけましたわ。……私の、王(キング)」

アテナは立ち上がり、ガラス越しに遠ざかる湊の背中を見つめた。

その背中は、どんな英雄よりも大きく、そして孤独に見えた(ただ猫背なだけ)。

「あの孤独な王をお慰めできるのは、この世界で私ただ一人……」

彼女の瞳から理性の光が消え、代わりに狂信的な愛の炎が宿る。

それは、世界を巻き込む大いなる勘違いの幕開けだった。

◇ ◇ ◇

(よし、出口だ。これで寮に帰って寝られる)

俺は足早に通路を歩いていた。

さっきの騒ぎで注目されるのは面倒だ。今のうちにずらかるに限る。

だが、背後から凄まじい視線を感じる。

殺気? いや、もっとこう……ねっとりとした、重いプレッシャー。

(なんだ? まだ誰か俺を狙ってんのか? やっぱ怒らせたかな……)

俺はブルッと身震いした。

ただのゴミ掃除のつもりだったが、どうやら余計な埃(トラブル)まで舞い上げてしまったらしい。

(走ろう。全力で逃げて、布団被って寝よう。うん、そうしよう)

俺は脱兎のごとく駆け出した。

その背中を、世界最強のヤンデレ神官長が生涯追いかけ回すことになるとは、夢にも思わずに。

――これが、平穏にサボりたいだけの俺が、気づけば『始祖の王』として世界中に崇められることになった、最初の災難だった。


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お読みいただきありがとうございます!


「魔法を手で払うシーンが良かった!」 「ざまぁ展開に期待!」


少しでもそう思っていただけたら、ブックマークやページ下部の【☆☆☆】で応援していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!


次回、「処分保留になったと思ったら、最高権力者がメイド服で押しかけてきた」。 最強の神官長アテナ様が、まさかの姿で登場です。お楽しみに!

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