私と彼の再会は望まれぬものだったようだ。

もともと私は皇位継承権の末席であり、女でもあったので、王になるとは誰も思われていなかった。なので、母とともに地方都市にて、のびのびと育てられた。だが、政情不安により兄弟姉妹が全員、暗殺ないし死亡した直後に、王都に呼び戻された。

帝王学の施されていなかった私には教育係が必要とのことになり、誰か適任はという話し合いのなされる中で、私は彼を推薦した。思うに、私自身の若干の下心もあり、思い返すもいくばくかの気恥ずかしさは残る。

とはいえ、彼の直前の活躍もあってか、前王である父は意外にもあっさりと受諾した。私の父はヤク中でありアル中であり色情魔であり、政務を完全に私情と感傷と思いつきで決定する暗愚の王であったから、この即断の決定には埒外の他なかった。

思うに、父も彼を見込んでいたのであろう。暗愚の王であっても、国は保っていた。人材を見る目は確かだったのであろう。彼は父の審美眼に適うに値する人材だったのだろう。

しかし、父を危険視した彼は、昼行灯よろしく、無能を演じきって、地方都市に赴任して、そこでもサボタージュスレスレの働きぶりであった。

その時に、私は彼と出会った。

彼との出会いは鮮烈だった。

先の大戦の戦火は、私の住んでいた地方にも忍び寄っていった。敵国の将軍は不制限の侵略指示を受けていたこともあり、初戦を大勝した余波に乗って、次々と都市を落としていった。そして、私の住む地区にまで迫ってきていた。

当時の担当士官はとうに逃亡し不在のまま、彼は最も位の高い士官だったため、その時、彼に指揮権が回ってきたようだ。彼がボヤいていた言葉をよく覚えている。

「俺一人なら逃げられるのになー」

心底困った顔をしていた。だからか、無責任な男だとは思わなかった。生存の機会があるのなら、私だって卑怯者の汚名を被ってでも実行する。彼も同様の人種なのだろう。ゆえに、私にとって、この窮状を押し付けられた、彼の心境は察するに余りあるものだった。

彼の言動には後世の歴史家達の評価は芳しいものではないと容易に予測がつく。とはいえ、事実だけを見ていくと、言葉とは裏腹に、彼は逃げてはいない。この事実をもって、彼は言動や態度と異なり、おそらくは高潔な人格の持ち主なのだろうと私は思った。

現に、この状況下で悩んでいる。私なら、悩まない可能性が高い。でも、彼はジレンマに苦しんでいた。その姿に私は…

そして、その時がきた。

逃亡した将校はよりにもよって敵国の隊に偶然接近してしまい、そこでしばしの追撃戦が行われた。その報を聞いた彼はその機会を見逃さなかった。

「よし、これで全員が助かるな。全軍いそげ。とっととケツをまくって逃げるぞ」

彼は一瞬で全てを読み切ったように、手際よく逃走の算段を全軍に指示していた。私は彼のこの確信した姿を見て、「助かること」を確信した。彼がそう考えるのならそうに違いない。なんとなくそう思わせるものがあった。

彼の直観と私の直観が初めて共鳴した瞬間であった。

その２時間後、私たちは安全圏にいた。

１７歳の少女だった私が彼に抱いた感情は当然のものであったろう。そうして、教育係としてやってきた彼と再会した時の彼の台詞は、記憶に強く刻まれている。

「ああ、よろしく。あまり、私に期待してもらっちゃ困る。私は見ての通り、無能な上に怠け者でね、お嬢さんの期待に応えられるか、私でさえ、甚だ疑問なんだ」

そう困ったような表情で愚痴ていた。私は思わず、胸がときめいた。あの時と同じように困ったような顔をして、困った事態に直面する彼がそこにいたのだから。

だから、

「覚えてないかな？　あの時、あなたが助けてくれた中に私はいたんだよ？　それともコーヒーじゃないと駄目かな？」

彼は私の言葉を聞くやいなや理解したのか、ますますバツが悪そうに、

「ああ…いや、あの時は…なんて言ったらいいか…うーん、そのなんだ、紅茶は美味しかったよ。君が淹れたのかい？　すごくいい香りが漂っていてね、これならコーヒーならもっと美味しいのかなって…って、我ながらつまんないことを言ったもんだ。申し訳ない」

あの大敗で、唯一の功績を残した男が、私なんかのためにタジタジになって、ここで情けない言い訳をしている。

私は思った。信用のできる男だと。