絶対に目立ちたくない元社畜の職人NPCスローライフ~推しモブに成り代わってしまったので代わりに夢を叶えます~
嘉神かろ
第1話 社畜のモブサブ転生!
①
はぁ、どうにか今回も営業成績トップを保てたな。
他の奴らの倍はリサーチしたし、五割増し以上の件数営業してきたんだから当然だけど。これで落ちてたらまたアレコレ言われるところだった。
とにかく、これで明日は心置きなく休める。
「あー、ソファ最高……」
全休なんていつぶりだ? 一年ぶりくらいか?
せっかく休みなんだし、久しぶりに『ユグクロ』にがっつりログインするのもいいな。
あ、でも先に洗濯機回さないと溜まってるか。
明後日の営業用資料のチェックもしておかないとだな。
「……ダメだ、動く気が起きない」
思った以上に疲れてたみたいだな。
とりあえず、ユグクロのアップデート情報でも確認するか。
そのために貴重な有休を使ったんだからな。大手のくせにその辺の福利厚生がザルなのはどうにかしてほしいよ、まったく。
ええっと、ユグロト・クロニクル、大型アプデっと。
おお、多いな。さすがあの会社が満を持して発売したVRMMO。無料アプデでこのボリュームか。
紹介動画もある。まずはこれから見るか。
「……えっ、嘘だろ!? アルゴス死ぬのか!?」
マジか。夢に着実に近づいてたのに。
あー、くそ、運営め。モブNPCだからって気軽に殺しやがって。
他の情報は後回しだ。まずアルゴスの件について調べないと。
アルゴス応援チーム、『アルゴスさんの夢を応援し隊』のサブリーダーとして、これは見過ごせない。
どこに書いてあるんだ? こっちか?
……ああ、ダメだ。読んでる日本語が一切頭に入ってこない。
これは本気で良くないやつだ。
先に寝るか。
気になるけど、文字が読めないんじゃどうしようもない。
◆◇◆
――ハッ、今何時だ!? 何時間寝てた!?
スマホスマホ……って、ん?
ここは、森か?
なんでこんな所にいるんだ? 夢か?
いや、この地形、見覚えがあるな。
たしか、ハースグロウの町の近くにある森がこんな感じだった。
ということは、だ。
「やっぱり、寝ぼけてログインしてたのか」
メニューを開こうと思い浮かべると、目の前に半透明のウィンドウが出てきた。
VRMMOらしい操作で利便性もある、良いシステムだ。
現在地は、灯火の森。思った通りハースグロウのすぐ近くだな。
こんなところでログアウトしてたのか、前回の俺。
ならついでに、アルゴスの様子を見に行くか。森の入り口辺りだし、平野をいくらか進めばもう町があるはずだ。
「うん? このステータス……」
しまったな。生産用のサブキャラでログインしてたらしい。
アルゴスと同じ見た目に作ったキャラだ。
このキャラだと
仕方ない。ログアウトしてメインで入り直そう。
ログアウトは、たしかここに……。
「無い?」
記憶違いか? それとも場所が変わった?
メニューには、無い。メニューの開閉と同じ思念操作に追加された、わけでもなさそうだ。
というか、やけにグラフィックが綺麗じゃないか?
もう少しポリゴン的な部分が残ってたと思うが……。
「まさか、な……」
頬を思い切りつねってみる。
夢ではなくて、設定が変わってるわけでもなければ、痛覚は八割カット。つねるぐらいなら全く痛みを感じないはずだが……。
「痛い」
まさか、まさかだった。正直信じられない。いや、でもそうとしか考えられない。会社で寝泊まりしてるときなんかに何度か夢見たことだ。ラノベでよくある展開。それが、現実になるなんて。
つまりこれは、あれだ。
ゲーム世界転生というやつだ。
俺は、あのまま死んだんだ。たぶん、過労で。
「……いよっ、しゃぁあ! 自由だぁあ! 一昨日来やがれクソ会社!」
これでもうあの激務を熟さなくて済む!
営業トップであり続けろとかいうクソ上司からのプレッシャーもない!
器の小さい一部同僚や一部先輩からのやっかみも受けずに済む!
日本語が通じない取引先と会話する必要もない!
しかも! しかもしかもしかも!
アルゴスと同じ見た目かつ生産職だ!
これがメインだったら、ステータス的に傭兵として生きるのが一番楽だった。
身体能力だけ活かしてコツコツいく道もあるだろうが、せっかく楽に稼げる能力があるのに俺が使わないはずがない。
そんなことをすれば確実に目立つ! 高校時代の俺がやたらイケメンに作ったのもあって、まず間違いなく!
しかし生産職ならどうだ?
確実に、しかも効率よく稼げる生産活動をしても、目立たないことができる!
目立たなければやっかみもプレッシャーも受けないで済むし、好きなこともできないほど忙しくなることは無いはずだ。
もう俺は懲りたんだ。浮かれてめちゃくちゃ頑張った新入社員時代の自分を、定期的にぶん殴りたくなるくらいには。
「新しい人生では、絶対に、目立たない! スローライフする!」
これは決定事項! いいな!
「…………ふぅ」
テンション上げすぎたな。
森の中で良かった。町の中なら完全に不審者だ。
目立たないって決意表明で目立ちまくるとか、間抜けもいいところだろ。
とりあえず、これからどうするか。
町に入るには身分証がいるはずだが、ゲーム時代みたいにこのウィンドウが代わりになるのか?
でもゲームだと主人公の特殊な立場が理由の特別措置、みたいな説明がチュートリアルにあった気がするんだよな……。
それに、本物のアルゴスのことも気になる。
彼と全く同じこの姿でハースグロウに向かったらややこしいことにならないか?
「――」
ん?
今何か聞こえたか?
「――こめ!」
これは、人の声だ。
それに爆発音と、モンスターの鳴き声?
平原の方だな。
誰かが戦ってるのか?
「……行ってみるか」
どの道、町の方向だ。素通りするにしても、状況は確認しないといけない。
森の出口まで移動して木の幹に身を隠し、そっと平原を覗く。
あれは、ワイバーンか?
青い飛竜が宙で暴れている。
それにしては小さい気がするが、現実になったんだから子供か、個体差ってこともあるか。
そもそもゲーム時代ならこんなところに出てくるモンスターじゃない。
相手してるのは、若そうな人間が四人。
使ってるスキルと装備的に、戦士と探索者、魔術士に、神官か。
おそらく傭兵だな。
オーソドックスでバランスの良いパーティだが、ワイバーンはあんな基本職で勝てる相手じゃない。
他の基本職全てのパッシブスキルをとってたらどうにか勝てるか?
あのワイバーンが子供なら、それでどうにかなるかもしれないな。
どちらにしろ、あの人たちは一度も転職してないように見える。
上手く連携して戦ってるけど、このままじゃ、いずれ全滅するぞ。
どうする?
俺なら、助けられる。
生産のために必要なステータスはパッシブ全部とって上げてあるし、生産職を含めた全職業で共通して使える特技もある。
だけど、それをすれば、確実に目立つことになる。
ならアイテムを使って嵌めるのはどうだ?
等級の低いやつで十分だし、幸い、ストレージの中身はそのまま残っている。
いやダメだ。彼らが今それをしていないってことは、知られていない可能性が高い。
つまり、目立つ。
どうする。どうすればいい?
このままじゃ死ぬぞ、あいつら。
あの見た目、二十歳になってるかも怪しいだろ。
そんなやつらが死ぬのを、黙って見てるのか?
「ケインっ、カロックっ!」
ワイバーンの尾が戦士と探索者を吹き飛ばした。
前衛が崩れた。残るは、耐久力の無い後衛ばかり。
ワイバーンの凶暴な視線が、無防備になった少女を貫く。
「――うぉぉおおおっ! こっち見ろトカゲ野郎っ!」
気がつけば、体が勝手に動いていた。
叫び声に敵を引きつけるスキルを乗せ、ワイバーンの意識をこちらに縛り付ける。
爬虫類の目がぎょろりと俺を睨み、獰猛そうな牙の隙間から火花が散った。
あー、やっちまった。目立っちまう。
ていうかゲームじゃないと怖えー。
でも、もう飛び出したもんは仕方ないよな。あの人らも助けられるし、良しとするか。
腹を決めて、というか諦めて、ストレージから取り出した最下級の解毒ポーションをぶん投げる。
勢いよく飛んだそれは、青い鱗に覆われた頭に当たって砕けた。
中身が飛び散ってワイバーンを濡らす。
次の瞬間、不思議そうに首を傾げていた巨体がガクンと傾き、小さな地響きを立てて落下する。
「今だ! 殴れ!」
呆けていた四人に怒鳴る。
まず魔術士の氷魔法が足を貫き、続けて復帰した戦士と探索者が斬りかかった。
傷は既に神官が治したようだ。
一方的に殴れてはいるが、それでもステータス不足が大きい。
フラつきながら立ち上がったワイバーンが羽ばたき、再び空へ舞う。
そこへもう一度、解毒ポーション。
「グルァっ!?」
二度目の地響きも落ちたワイバーンによるもの。
もがき暴れるそれへ、再び傭兵たちの猛攻が襲いかかる。
「繰り返すぞ!」
そして三度舞い上がったワイバーンへ、同じようにポーションを投げる。
それを何度繰り返したか。
もう数えるのも面倒になってきたころ、ようやくワイバーンが動きを止めた。
失血死したんだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。やった……」
戦士の青年が呟いた。
「だね……」
魔術士の少女が答える。
二人とも、いや、言葉を発しない残りの二人も、半ば放心状態になっていた。
当然だろう。ステータスを上昇させるパッシブスキルも不十分な上、基本職で上級職が相手をするようなモンスターを倒したんだから。
「はぁ……」
思わず座り込んでしまった。
あー、怖かった。ワイバーンがじゃない。目の前で人が死ぬかもしれなかったことがだ。
ゲーム時代は深く考えてなかった。けど、今は現実だ。死ぬんだ。
このワイバーンと同じように、油断をすれば、あっさりと。
レベル上げ用の嵌め戦法が通じて良かった。
おかげで、必要以上には目立たずに助けられた。
本当に、良かった……。
「あの」
「うん?」
「ありがとうございました! 助かりました!」
戦士の青年に倣って他三人も頭を下げる。
落ち着いてみると、大学生一、二年生ってところか。
いい子そう、だな。助けられて、良かった。
「ああ、いや、気にしなくて大丈夫。みんな無事で何よりだ」
立ち上がり、顔を上げさせる。
「ケイン、と呼ばれていたな。とりあえず町に戻ろう。別のモンスターが来たら大変だし」
「そうですね。……ところで、もしかしてですけど、アルゴスさんですか?」
「そうだ」
あ、しまった。サブキャラの名前もアルゴスだったから肯定したけど、たぶんこれ、NPCだった方のアルゴスだ。
「良かった! 無事だったんですね! 白髪と赤い目の人間はこの辺りじゃ珍しいから、もしかしたらって思ったんです!」
「もう何ヶ月も行方不明だって聞いてたから、まさかとは思ったんですけどね」
ケインだけじゃなくてカロックまで。
まずいな。誤解を解かないと。
……いや、待て。数ヶ月行方不明って、もしかして、寝る前に見た動画のあれか?
公開されていたのは導入部分と数カットだけだが、たしか、行方不明のアルゴスを探してくれってところから次のストーリーは始まったはずだ。残りの数カットで彼の死亡って話が出てたから、慌てて情報集めを始めた記憶がある。
だとしたら、本物のアルゴスはもう……。
この誤解は、本当に解くべきなんだろうか。
誤解を解けば、あの新ストーリーの通りにアルゴスの死が家族や友人たちに告げられることになるだろう。そうすれば、その時点で、
それでいいのか? ずっと彼の夢を応援してきたのに。夢の成就を願ってチームまで作ったっていうのに。
……決めた。
俺はこれから、アルゴスとして生きていこう。
そして代わりに、彼の叶えられなかった夢を、伝説の金属を使って神話級の剣を打つという鍛冶師としての夢を叶えよう。
それが、『アルゴスさんの夢を応援し隊』初代リーダーで、現サブリーダーの俺ができる唯一の弔いだ。
ただし目立たずにな!
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