Obliterator

んご

第1話 Genesis

この宇宙が産声を上げたその瞬間から

『それ』は、そこに在った。


固有の名はない。

ある者は神と呼び、

ある者は理と讃え、

またある者は概念と畏れた。


そのどれもが正しく、同時に全てが誤りだ。


ただひとつだけ、どの世界にも共通する理解がある。


『それ』は、自分たちより遥か高みにある『上位の存在』だと。


彼らの役割はただ一つ。

無数に枝分かれした世界の均衡を保つこと。


基本的には干渉しない。

どんな絶望も、どれほどの悲劇も、均衡が保たれる限りは。


彼らにとって世界の危機とは

人間が考えるような戦争や滅亡とは意味が違う。


均衡が崩れた時だけ。

その時だけ『それ』は動く。



ヴェルグレイス。

豊潤すぎる魔力が溢れた世界。


光を灯すにも、剣を振るうにも、祈りを捧げるにも。

何をするにも魔力が絡みつく。

便利なはずであると同時に常に不安定だ。


魔力には、感情が影響する。

少し心が揺れただけで、力は簡単に暴走する。

そこに、エラーが生まれる。


魔王…世界を飲み込む無秩序の象徴。


この事象は、さすがに看過できなかった。

「それ」はヴェルグレイスへ手を伸ばす。


ただし、直接介入ではない。

彼らは滅多に表に姿を現さない。

世界の理を乱さぬため、彼らは常に『媒介』を用いる。



現世、西暦およそ1000年。


戦乱が尽きない暗黒の時代。

そこで、ひとりの青年が静かに命を落とした。


名はシエル。


生真面目で、不器用で、そして誰より優しい。

だが、己の価値を信じられず、

ただ他者の役に立てればと兵士になった。


だが初陣、彼は敵を斬れなかった。


「……俺は、何のために生きてきたんだろう」


価値がない。

そう信じきってしまえば、心は折れる。


彼の命は、あっけなく尽きた。



その魂に、『それ』は触れた。


巨大な意識が、彼の本質を見通す。

どんな英雄にもない純粋さ。

どんな聖人にもない自己犠牲。


脆弱で、儚くて、

それでも他者を救いたいと願った心。


これは、使える。

そう判断した。


魔力という異質な仕組みを抱えた世界は、数多ある世界の中でも稀だ。

だからこそ、魔力が魂に混じるという現象もまた、他の世界と比べ特別だった。


『上位存在』でさえ、魂を創ることはできない。

彼らにできるのは、力を与えることだけ。

新たな魂を必要とするなら、どこか別の世界から借りてくるしかない。


魔力の影響を受けていない、

真っ白で、何も混ざっていない安定した魂。


エラーを生まない、確かな器を求めるなら。

選ぶべきは、ヴェルグレイスの外側。

別の世界からの転生しかない。


それが、この世界が抱えた理屈であり、苦肉の策であり

唯一の希望だった。


青年シエルは異世界へ降り立つ。

神に選ばれた勇者として…。



後書き

第1話を読んでいただきありがとうございます。

この先の展開も楽しんでいただけると嬉しいです。

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