神様、配信の時間です。〜駄女神Vtuber奮闘記〜

すーちょも

第1話柚子胡椒チキンと神様

「もう1軒! もう1軒行っちゃおー!」


 終電もとっくに終わり、繁華街が酔っ払いの声で騒がしくなってきた深夜2時。俺はそんな騒がしい繁華街とは反対方向に歩いていた。理由は単純だ、無理な納期をクライアントに告げられたせいで、ここ最近は連日残業からの終電逃し。そのせいで毎日毎日こうやって会社から歩いて帰っている。

 そりゃため息も自然と漏れ出てくる。

 そんな俺の最近の楽しみといえば


(新作のチキン美味そうだな)


 会社と家のちょうど真ん中らへんにある、ベンチが1つしかない小さな公園でささやかな晩酌をすることだ。今日のお酒のお供は柚子胡椒チキン。もう匂いから美味いのが分かる。

 もちろん明日も仕事だし長居はできない。だけど、このひとときが俺の救いだった。


ーーだが、今夜はいつも通りとは少し違っていた。


「誰かいる……?」


 薄暗い街灯の下、珍しくベンチに誰かがいたのだ。寝転がってるみたいだし、多分酔っ払いが潰れてるんだろう。


「あのー、大丈夫ですか〜? って、女の子!?」


 声をかけてみると、そこで不用心に寝ていたのは見た感じ中学生くらいの女の子だった。


「おいおい、不用心すぎるだろ……」


 白い。肌も髪も、日本人にしては明らかに白い。

 ばちばちと虫が当たる音を響かせながら、公園の街灯が色白な女の子を神秘的に照らしている。


(なんだこの子……家出でもしてるのか? 手にお酒持ってるし、不良少女的なやつか……?)


 俺の声かけも気にせず、すやすや寝ている女の子の服装は冬前だというのに薄い浴衣だった。帯が緩んでいて、腰紐もほどけかけている。寒さも、危険も、無防備にさらけ出していた。


「おーい、起きろ〜。こんな時間にここで寝てると危ないぞー」


 こんな薄着でここにいると、体調的にも治安的にもよろしくない。そう思った俺はさっきよりも少し大きな声で女の子に呼びかけてみる。


「んん……」


 ようやく起きた女の子は、言うことを聞いてもらえなかった子供のように唇を尖らせた。


「……うるさい」


「いいから起きろ、危ないぞ」


「んぅ……人の昼寝を邪魔するとは、罰が欲しいのか?」


「昼寝って……今、午前2時だぞ。昼寝するには暗すぎるだろ」


「細かいことを気にするな、凡人」


「凡人て……」


 幼い見た目でも、口調だけは大人びている。いや、むしろ尊大すぎると言ったほうがいいか。

 ただ、この時間にこんな格好で寝ているのだから放ってはおけない。


「いいから家どこだ? 遅いし送っていくぞ。それが嫌なら交番まで」


「家か……。家などもう無い」


「……無い?」


「取り壊された」


「は? 取り壊された……?」


「うむ、それはそれは派手にどかーんと」


「えぇ……」


 あまりにもナチュラルにカタストロフィを告げられて、思わず頭を抱えた。なんかこの子家庭事情ヤバそう……


(この子もしかして不良少女どころか、めちゃくちゃ複雑な家庭の子なんじゃ……)


「帰る家など無いし、こうやって放浪してるくらいが我輩にはちょうどいい」


「……なあ、これ食うか?」


 流石に可哀想に思った俺は、コンビニの袋から自分が食べようと思っていたチキンを取り出した。


「なんだ急に、ほどこしなどいらんぞ」


「いいから、食えよ。腹減ってるだろ?」


「……供物としてなら受け取ってやる」


「お腹は正直だな」


 ぎゅるると鳴る自分のお腹をチラ見した女の子は、やっぱりお腹が空いていたんだろう、見てる俺が嬉しくなるくらい美味しそうにチキンを食べた。


「うまい……塩コショウの位置が完璧に近いな」


「位置? 何言ってんだか……。お茶もいるか?」


「ああ、そうか。凡人には見えんかったな」


 女の子がまた変なことを言いながら、俺が差し出したお茶のペットボトルのキャップに触れた瞬間だった。女の子の指先に小さく細い光が走って、キャップが勝手に開いた。


「……んー? んー? んんんん!??」



「気味が悪い声を挙げるな、せっかくの供物がまずくなるではないか」


 わけのわからない光景に混乱する俺を気にもせず、女の子はこれまた美味しそうにお茶を飲んでいる。


「いやいやいやいやいやいや!?? 今の何!? え、俺の気のせい!?」


「凡人よ、さっきから何を…………あっ、気のせいだ。うむ、気のせいだ。そういうことにしておいた方が平和的だ」


「全然気のせいじゃねええええ!!!!」

 

完全に「やっべ」って顔をした女の子を見た俺の声は、深夜2時の公園に鳴り響いた。寝ていた近隣住民の皆様方、大変申し訳ございません。


「え……まさかお前……人間じゃないとか言わないよな?」


「……はぁ、面倒だ。名乗ろう」


 俺の問いかけに頭を掻いた女の子は、顎を上げて俺をまっすぐ見ると、街灯の薄明かりを背に、やけに堂々と言い放った。


「我輩は怠惰の神、白霧のミサ。昔は祭壇の上に座っていたが、今は公園のベンチだ。格下げもここまでくると笑えぬ」


「しらきりの……みさ?」


「敬称は"様"でよい。……だが、まあ先ほどの供物が美味かった礼だ、凡人のお前は許す。神である我輩の慈悲に感謝していいぞ」


 自称神様はそう言って笑った。

 口元にチキンの胡椒をつけたままで。

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