第3話 賞金首と女パイロット
「で? 今回の件、いくらもらえるわけ?」
薄暗い酒場の片隅で、女がストローを噛みながら言った。
ここは自由圏の辺境ステーション〈リム・ノード7〉。
船乗りと賞金稼ぎと密輸屋しか寄りつかない、最低ランクの中継基地だ。
アレクはカウンター席に腰掛け、目の前のホログラムパネルを指で弾いた。
「帝国の巡洋艦二隻をスクラップにして、乗ってた指名手配犯を一人生け捕り。
正規の懸賞金と船のサルベージ代を合わせれば、まあしばらくの燃料代にはなる」
「ふーん。あんたにしては地味な仕事ね」
皮肉まじりに笑う女の名は、カリア・ヴァンス。
自由圏の高速艇パイロットで、アレクとは腐れ縁に近い関係だ。
短く切りそろえられた茶髪。
瞳は猫のように油断なく、口元にはいつも軽い笑みが浮かんでいる。
「地味でもいい。生き残れればな」
「ほんと、そういうとこ変わんないわね、アレク」
カリアはストローをくるくる回しながら、ふっと目を細めた。
「十年前から、あんたはずっと“生き延びること”だけはうまい。
それ以外は、全部ぶっ壊しながら進んでいくけどさ」
「褒め言葉として受け取っておく」
アレクはグラスの中身を一気に飲み干した。
味は分からない。
このステーションの酒は、どれも燃料と大差ない。
「で、本題だ」
彼はホログラムパネルを切り替えた。
帝国軍の軍服を着た男の顔写真と、いくつかのデータが表示される。
「新しい“獲物”の情報を手に入れた」
カリアの表情が、わずかに真剣になる。
「……誰?」
「帝国軍、第二戦略艦隊司令。バルター・ヘルツ少将」
アレクは淡々と言った。
「こいつが、シュタウフェンの腹心の一人らしい」
その名を聞いた瞬間、胸の奥のどこかが、低く鳴った。
ヴォルフガング=シュタウフェン。
アルメシアのニュースで見た、あの名前。
十年かけて、彼の周囲の情報を少しずつ集めてきた。
どこの戦線に派遣され、どんな部下がいて、どれだけの星を焼いてきたのか。
その中に、“ヘルツ少将”の名前が何度も出てきたのだ。
「バルター・ヘルツっていえば、辺境虐殺の英雄様じゃない」
カリアが唇を歪める。
「自由圏のコロニーも、何個かあいつに潰されてる。
あたしの故郷の隣の星も、確か……」
「知ってる」
アレクは短く言った。
「だからこそ、奴を狙う。
シュタウフェンの周辺を片っ端から削っていけば、いつか本丸に手が届く」
「相変わらず遠回りね」
「真正面から行って勝てる相手じゃない」
十年前、少年の目に焼き付いた光景。
それは、絶望そのものだった。
星一つを消し飛ばす火力を持つ艦隊。
それを指揮する男が、銀河帝国最強の提督。
今の自分の力量では、とても届かない。
「だから、俺は遠回りする。
遠回りして、足元から腐らせる」
アレクの声には、静かな熱がこもっていた。
カリアはその顔をじっと見つめる。
十年前、難民船で初めて会ったとき。
まだ少年だったアレクの瞳は、ただ泣き腫らして赤くなっていただけだった。
いま、その瞳の奥には、別の色が宿っている。
冷たい炎。
燃え尽きることを知らない、粘りつくような執念。
「……分かったわ」
やがてカリアは笑った。
「付き合ってあげる。その遠回りに。
どうせ、あたしも帝国は大嫌いだし。特に、あの少将の顔は一度ぶん殴っておきたい」
「殴るだけでいいなら優しいな」
「その後で撃ち抜くから安心して」
軽口を叩き合いながらも、二人とも分かっていた。
この“仕事”は、これまでの賞金稼ぎとは桁が違う。
帝国の現役少将への暗殺も同然の作戦。
成功すれば莫大な報復を招くだろうし、失敗すれば、そこで終わりだ。
「ラドとジェイスには?」
「これから話す。嫌だって言っても連れていく」
「ひどい艦長ね」
「今さらだろ」
二人は同時に笑った。
――この時、彼らはまだ知らない。
この作戦が、やがて銀河規模の戦争の第一歩になることも。
仲間が、次々と星の海に散っていく引き金になることも。
すべては、ここから始まる。
アレク・ラザレフの復讐の航路は、まだ序章に過ぎなかった。
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