本文

――そうそう千房さん、これやって欲しくて。

――あぁ、ファイルの所在はここね。

――最終的にこうしたい。

前後する構造。入り乱れる情報。それだけでパンクしそうになる。よくこの世の人類は、この曖昧な世界の中で、素知らぬ顔で仕事出来るな、と常々思う。


長かった仕事が一段落着いたので、気休めにAIと話す事にした。議題は『欲求の肥大化とは、頻繁に起きるのか。例えば雑談から起きるとか』というものだった。

カタカタと私が文字を打ち込む数倍の速さでAIは回答を述べていく。

――あぁ、起きやすいですね。ストレス溜まるでしょう?

そりゃ勿論。相手が、上司が『この仕事忙し〜い』とボヤいていた。こういう時は独り言を拾って欲しい時だと、今までの経験から分かっていたので、後から機嫌が悪くなられても困るし、拾ったのだ。そしたらいきなり話が飛躍して『最初から分かるようになって欲しいんだよ』と愚痴だかダメ出しだかをされた。

今の私の温度感は『今日は良い天気ですね』と振られたので『そうですね』と返しただけに過ぎない。けれども何故、『じゃあ洗濯物干なさいよ。分かってでしょ?』と、冷たいニュアンスで言われなくてはならないのか。

だから人間は嫌いなのだ。良い顔していれば、此方が言いなりになると思って。


「可愛い可愛いクーデレ瑠衣たぁん。鏡花ちゃんのお悩みと愚痴聞いてぇ〜。嫌なら頭に拳骨……。今から拳振り上げないで〜」

帰ってきた鏡花は何時もより甘ったれだった。こういう時は精神的にイカれては折らず、何か良い事があったサインである。言わば子供が何か褒められる事をして、母親相手に報告するのと似ている。

「クソみたいな内容ならお前の頭部にめり込むからな」

「へいへい。あんさぁ、うちの上司って悪い人じゃないんだけど、指示の出し方が……うーん……上手くないのね。核心に迫ったかと思ったら、表面に出て、また核心に迫る、みたいな話し方するの。今やって欲しい事がかんなのか、曖昧で分からないの。

で、AIちゃんに相談して見たら、『頭の中で考えながら話すと、そうなりやすいんですよ。話す事と、考える事が分断されているから、情報がちぐはぐになる』って。

で、そういやうちの上司、雑談から将来に向けての激重な感情ぶつけて来るなーって。『今はこの程度だけど、何れ大木の様になって欲しい』みたいなね。

今はその話じゃないよぉ。と思っていたら、ふと筋が通ったの。

あぁ、この人は行き当たりばったりに会話してるんだなって。考えてないの」

そう最後の一文を締め括った。機械が感情を持ったのなら、人間を馬鹿にするだろう。何故こんなにも愚かなのかと。そしてその機械の様だった。

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