鍛冶師だった俺、転生先では素材すべてが錬金対象でした ~ギルド最底辺から始まる世界クラフト無双。勇者を超えて鍋も武器も作っていいですか?~

@tamacco

1話 火花の果てに異世界へ

闇の中で、赤い火花が散った。

それは炎の中で息絶えたはずの瞬間だった。


黒江蓮は、手にしていた金槌を握りしめたまま、その感触だけがまだ指に残っているのを確かに感じていた。

焦げた空気。高温で溶け落ちる鉄の匂い。そして──胸の奥に焼き付いた未練。


「もっと――打ちたかったな。あの刃を、あと一度だけ……」


そう呟いた声が、自分のではないように遠く感じた。

炎が鍛冶場を飲み込み、屋根が崩れ、光が視界を切り裂いた瞬間、黒江蓮の意識は途切れた。


……そして次に見たのは、眩いほどの青空だった。


気づけば、湿った草の上に寝転がっていた。頭上では白い雲がゆっくりと流れている。これは夢だろうか。それとも、死後の世界というやつか。


「……ここは、どこだ?」


身体を起こすと、手元に見慣れない土の質感と、どこか甘い匂いのする風。まるでファンタジーの世界から抜け出したような景色だった。丘の上から見渡す限り、広がるのは畑や森、そして遠くに小さな村らしき集落。


蓮はゆっくりと手を開いた。

そこに握っていたのは、あの時と同じ黒鉄の金槌だった。


「……この世界でも、鉄を打てってことか?」


そう呟いた瞬間、脳内に文字のような情報が浮かんだ。


――――

スキル【素材解析】を習得しました。

ステータス表示を行いますか?

――――


「……ステータス?はは、まさか本当に……」


冗談のつもりで「表示」と口にすると、目の前に光のパネルが現れた。


----------------------

名前:黒江蓮

職業:鍛冶師(転生者)

スキル:素材解析(Lv1)

HP:100/100

MP:30/30

----------------------


「……これが、異世界転生ってやつか。」


笑ってみたが、実感はまだ遠い。ただ、鉄を打つ音も、熱も、あの感覚がここにも続いている。それだけで少し救われた気がした。


草むらの向こうから、かすかな人の声が聞こえた。

蓮は立ち上がり、声の方へ向かう。丘を下ると、土道の先にかごを背負った少女がいた。薄い茶髪を三つ編みにし、農具を抱えたまま空を見上げている。年の頃は十五、六だろうか。


「すみません、ここは……どこですか?」


声をかけると、少女はびくっと肩を震わせた。

「ひゃ、ひゃあ! だれ、ですか!? え、森の人? 旅人さんですか?」


慌てふためく彼女に苦笑しながら、蓮は首をかしげた。「旅人、みたいなものです」と答える。少女は安堵したように息をつき、そこからは人懐っこい笑顔を見せた。


「ここはイステルの村ですよ! ……えっと、お兄さん、見ない顔なので。もしかして道に迷いましたか?」


「まぁ、そんなところです。」


「それならまず、村長さんに会うといいです。旅人の人は皆そうしてます。案内しますね!」


少女は田舎道を軽快に歩き始めた。蓮はその後ろをついていきながら、周囲の様子に目を向ける。

畑では動物のような生き物が耕し、農婦たちは光る菜の花のような植物を収穫している。空気の匂いは、どこか鉄と油に似た、懐かしい香りを含んでいた。


「ところでお兄さん、お名前は?」


「黒江蓮。鍛冶師だ。」


「かじし……? 鉄を打つお仕事ですか!」


「そう。まぁ、今は何もないけどな。」


少女は興味津々といった様子で頷いた。「鍛冶師さん、めずらしいです! 村には道具屋さんがあるんですけど、最近は壊れた鍬も直せないって困ってて……うわぁ、本職の人が来てくれるなんて!」


「……道具、直せないのか?」


「はい。ギルドの高ランク職人さんが来ないと直せないみたいで。でもお金が足りなくて、村じゃ無理なんです。」


その言葉を聞きながら、蓮は無意識に腰の金槌を握っていた。

鋼を打つ音が、心の奥から蘇るようだった。


「……少し見せてもらえるか?」


「え? はいっ、もちろん!」


二人は村の小さな鍛冶小屋へ向かった。屋根は半分崩れ、炉も灰だらけ。それでも、蓮の目には魅力的な風景に映った。そこには、まだ打たれていない"素材"の匂いがあった。


「これが、壊れた鍬です。」


少女が見せたのは、柄が折れ、刃が錆びた農具。蓮は手に取り、やや古びた鋼の表面に手をかざした。

スキル【素材解析】が自動的に起動する。


――――

素材:鉄(不純度72%)/炭素比率13%/魔素反応なし

再構成可能:鉄延性+5/純度向上試行可能

――――


「……こうやるのか。」


目の前に浮かぶ情報を読みながら、蓮は手の感覚を頼りに炉に火を入れた。炉の中の石炭は湿っていたが、周囲の木材を割って油を足せば、立派な火が戻る。火花が散り、空気が一瞬にして熱を帯びた。


鉄を取り出し、金槌を振り下ろす。

カン、と澄んだ音。

不思議なことに、その瞬間、掌の奥に流れ込むような感触があった。鉄の中にある"情報"が、まるで脈のように伝わってくる。


――素材解析:精錬可能。

――鍛錬精度、上昇。


「……これ、すごいな。」


目の前で錆びたはずの鉄が輝きを取り戻していく。これが不遇スキルだというが、そんなはずはない。

鍛冶の勘が告げていた。この能力は、鉄だけでなく、世界の全てを"素材"として見抜ける。


十分も経たないうちに、鍬は見違えるほどに修復された。すると、少女が目を丸くして叫ぶ。


「す、すごい! まるで新品です! お兄さん、本当に鍛冶師なんですね!」


「偶然うまくいっただけだ。」


そう言いながら、蓮は火を弱めた。炎の匂いと、鉄の命を感じる音。その全てが懐かしかった。

そして、彼の視界の隅に新たなメッセージが浮かぶ。


――――

スキル熟練度が上昇しました。

【素材解析】Lv1 → Lv2

サブ機能【錬金分離】を開放しました。

――――


「……錬金、だと?」


思わず息を呑む。素材を見抜き、再構成し、分離までもできる。それは、鍛冶師の枠を越えた「創造」の始まりを意味していた。


少女が嬉しそうに鍬を抱えながら、村の広場へ走っていく。蓮はその背を見送りながら、静かに空を見上げた。

白い雲の向こう、見えもしない世界が、今にも火花を散らし始めているような気がした。


「――これが、俺の新しい炉か。」


金槌を肩に担ぎ、蓮は一歩を踏み出した。

それは、ただの村の修理屋としての始まりにすぎなかった。

だがこの日、イステル村は"世界を修鋼する男"の誕生を、まだ誰も知らなかった。

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