最近、私たちの周りに生成AIという愉快な仲間が加わりました。
言語学者による記号論的解釈から、CNNによるニューラルネットワークへのパラダイムシフトは、現在、Transformer方式によって構築された大規模言語モデルの登場によって、自律型のAIエージェントとしての活動すら可能にしました。
対面よりも画面を通してやりとりをすることが多くなった現代人にとって、それはツールと言うよりもむしろ独立した人格。隣人に近くなったような錯覚さえ覚えるくらいです。
では、人とAIの違いは何なのでしょうか?
答えは簡単です。人には不可逆な「死」という欠落が付きまといます。AIにはおそらくそれがない。
ただしそれは「身体レベル」の話。魂としてはどうでしょう?
死んでしまった人をモデルとして蘇らせることは可能なのでしょうか?
AIによって「魂」を再現できれば、それは「蘇った」と言えるのでしょうか?
また仮に蘇ったとして、それは生前のその人とどこまで同じなのでしょうか?
この物語は「反魂」というある意味人類の共通の夢に対して、現代的なアプローチで挑んだ科学者のお話です。
物語は、やはり「死」による欠落から始まります。
AIモデル、つまり、ソフトウェアの研究者である御影継人。
同じくハードの研究者である戸羽匠馬。
その二人の間に居た筈の女性「珠代」の突然の死。
そこから始まる物語は、やがて人類が描いていた「反魂の夢」と言う名の「狂気」へと変貌していきます。
恋人と、友人とまた会いたい。あの声を聴きたい。
その当たり前の願望の先に浮かぶのは、かつて彼女が語った夢の残滓。
「22世紀の空を見たい。青い猫型ロボットを作りたい」
果たして二人はその夢を現実のものとできるのか?
仮にできたとして、蘇った彼女は本当に「珠代」なのか?
精緻な心理描写で愛と狂気の狭間にあるものを綴った物語は、重苦しくもあり、美しい一編の詩でもあります。
私も読み進めながら何度も考えさせられました。
最後の余韻も含め、これぞ小説。
じっくり考えさせられる本当にすぐれた作品だと思います。
本当はレビュー感想文を書くつもりはなかったのですが、僕の意思に反して指が動き、エンターを押していました……
本作は、死んだ恋人をAIで蘇らせるという禁忌に踏み込んだ、本格SF。ハードウェアの天才・戸羽と、ソフトウェアの専門家・御影。二人の科学者がそれぞれの技術と執念で挑むのは、人間の魂を再現するという神の領域。
この作品の魅力は、AIと人間の境界を「理屈」ではなく「感情」で描き切っている点にあります。蘇った彼女は本物なのか。その問いに対して、登場人物たちが知性と感情を総動員してぶつかり合う姿は、読んでいて胸が締め付けられます。
特筆すべきは作者の筆力。培養液に浮かぶ珠代の描写、タマヨが御影の本心を暴く緊迫の対話、そして珠代が自らの存在に気づいていく過程。静かだけれど確実に心を揺さぶる場面が随所に散りばめられています。
タマヨという人格がとにかく魅力的でしたので、もっと見たかったなという個人的な感想をひとつまみ。
SF好きにも、人間ドラマを求める方にも手に取っていただきたい一作。読後、きっとあなたも問うことになるはずです。「本物とは何か」と。
では、カップラーメン食べるのでこの辺で。