Idh-Del-mun-tus

 その女は、静謐な雨の日にいつも現れる。

 私のことを見向きもしないが、同じく生きた人の姿を仮りながらも、骸のようである。私が本を読み疲れて、窓の外を眺めた時は、どんな時でも。そうしてようやく雨夜が明け、晴れた朝が始まったときに、彼女はそこにはすっかりいなくなってしまっている。

 ある雨の日に、好奇心から、彼女を窓越しではなく直接、目にしようとしたことがあった。または、彼女に傘をさしてやろうと考えた。多少思っていた通り、彼女は姿をすっかり消してしまっている。周りの叢や林を確かめるような不躾な真似はしたくなかった。

 またの日に、私は窓を開き、彼女の顔をより近くで見てみようとしたが、雨にかき消されるように、はっきりと見えないのだ。

 だが、部屋に戻ってからも、彼女の姿が忘れられない。これは日々のことである。少し物憂な顔をして、遠くを眺める彼女の、深い目は、私にはたいへん美しく思えた。

 にわかに雨が降りだしたとか思えば、すっかりずぶ濡れで、樹の下で雨宿りをしていても、一向に止む気配はなかった。

 これでは病を引いてしまうと思い、長い獣道を抜けて、家に駆け込もうとしたが、錠に鍵を差して、いくら回しても、それは固く閉ざされている。もとよりこの古い家の扉を信用し切ることはできず、裏口を空けていたことを思い出したが、そちらも同じく、開くことはなかった。

 途方に暮れて、ひさしの下で雨宿りをしつつ、濡れたシャツを乾かしながら、一抹の願い、いや、気の狂ったか、扉をノックしてみると、なんとあっさり扉は開いた。玄関には、その女が、まるで私の帰るのを待っていたかのように、そこに立ち尽くしていたのだ。仰天するでもなく、その状況がただただ不可解であった。

 近くで直立した彼女を見ると、やはり変わらず、純白の、否、蒼白の姿に、深い色をした瞳、そして、私の背丈より少し高い。なにゆえ屋外の全く決まった所にいるはずの彼女が、この屋内にいるのかを考えている内に、彼女は私の腕をつかみ、どこかに連れて行かれるようであった。力は強く、いや、正確に言うならば、あたかも、地が私を引くように、彼女の力もまた、端から抗うことの叶わないようなものである。ただ、穏やかなことに、彼女は、書斎椅子に私を座らせた途端に、姿を消してしまったようである。まさかと思い、窓に振り返ると、そこには同じ姿をした女が、また物憂な表情で、どこか遠い所を眺めているのであった。

 そんな不思議な体験をして以来、私は天使学に夢中になった。なにゆえか、いっそうそれに惹かれるようになったのだ。そうして、ペラペラと読み進めるうちに、私が、これを探していたんだ、と言わんばかりに声を上げそうになった。まさに同じ、彼女と全く同じ姿をした、白い髪、白い肌、白い衣服に、真っ黒な瞳の女が。

 彼女は、「イドIdh」として描かれた天使である。

 ふと窓の外の“イド”を探したとき、彼女は、まさに私が、というように、こちらを向いて、微笑んでいた。変わらずミステリアスな雰囲気で。

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