聖女(♂)召喚された俺、風呂場で騎士団長(♂)に聖剣(♂)を見られる。~処刑回避のために嘘の恋人になったら、騎士様が国を捨てて駆け落ちを迫ってきた件~

いぬがみとうま

第1話 聖女の股座には、聖剣が鎮座まします

 人生には、取り返しのつかない瞬間というのが三つあるらしい。

 一つ目は、生まれた時。

 二つ目は、死ぬ時。

 そして三つ目は――文化祭のクラス演劇で、じゃんけんに負けて「お姫様役」をやらされている最中に、足元が光り輝いた時だ。


「は?」


 俺、真島日向ひなたの口から漏れたのは、およそ深窓の姫君に似つかわしくないドスの効いた低音だった。

 だが、俺の意識はそこで途切れた。

 視界を埋め尽くす幾何学模様の光。浮遊感。そして、内臓が裏返るような吐き気。


 次に目を開けた時、俺は見知らぬ石造りの床にへたり込んでいた。

 周囲を取り囲むのは、白いローブを着た老人たち。そして、祭壇の奥に立つ神々しい像。空気は冷たく、どこかお香のような匂いがする。


「おお……! 成功だ! 聖女召喚の儀は成功したぞ!」

「なんと美しい……! これぞ伝承にある『月の如き銀髪』!」

「穢れなき乙女の波動を感じる……!」


 老人たちが涙を流しながら、俺に向かってひれ伏していく。

 俺は状況を理解しようと努めた。

 まず、ここは学校の体育館ではない。間違いなく。

 そして俺の格好。演劇部から借りた、フリルとレース満載の純白のドレス。頭にはティアラ。銀髪のウィッグは召喚の衝撃でズレていないだろうか。

 そして、俺の顔。

 母親譲りの女顔で、中学時代には「黙っていれば美少女、喋れば残念なオタク」と言われ続けたこの顔面。


 つまり、だ。

 俺は今、異世界に召喚され、あろうことか「伝説の聖女」と勘違いされている。


(詰んだーーッッ)


 俺の心の中で、裁判長が木槌を叩き下ろした。判決、死刑。

 ここで「あ、俺、男っす。高校二年の演劇部員っす」なんて自己申告してみろ。

 期待に胸を膨らませているこの爺さんたちが、ショック死するか、あるいは「神への冒涜だ!」と激昂して俺を火あぶりにするのは明白だ。


 特に異世界ファンタジーのお約束として、偽物の聖女への扱いは雑巾より酷いと相場が決まっている。


「聖女様、どうか我らにお言葉を……!」


 一番偉そうな爺さんが、震える手で俺のドレスの裾に触れようとする。

 俺は反射的に背筋を伸ばした。演劇部の部長に叩き込まれた「姫ムーブ」が火を噴く。

 顎を引き、視線を15度上げる。これだけで「可憐さ」と「威厳」が同時に出る。


「……皆様、顔を上げてください」


 作った。限界まで声を高く、柔らかく、慈愛に満ちたトーンを。

 俺が微笑むと、神殿内どよめきが走った。

「ああっ、尊い!」「女神だ!」という幻聴が聞こえてきそうだ。やめろ、拝むな。俺はただの日本の男子高校生だ。


「聖女様、私は近衛騎士団長のアレン・フォルトと申します」


 その時、老人たちの輪を割って、一人の男が進み出てきた。

 燃えるような赤髪に、意思の強さを感じさせる青い瞳。背丈は俺より頭一つ分大きく、鍛え上げられた肉体が白銀の鎧に包まれている。

 イケメンだ。俺が女子なら黄色い悲鳴を上げていたレベルの、正統派ヒーロー顔。


「貴女様の護衛を任じられました。必ずや、この命に代えてもお守りいたします」


 彼はその場に跪き、俺の手を取って甲に口付けた。

 ひんやりとした唇の感触に、俺の背筋に悪寒が走る。

 やめてくれ。男に手をキスされて喜ぶ趣味はない。

 だが、俺は引きつりそうになる頬を必死に抑え、聖女スマイルを崩さなかった。


「……頼りにしていますわ、アレン様」


(早く家に帰してくれぇぇぇーーッッッ!!)


 俺の心の叫びは、誰にも届かなかった。


   ◇


 その日の夜。

 俺は王城の「聖女専用特別室」なる貴賓室に軟禁されていた。

 最高級の羽毛布団、目も眩むような調度品。だが、俺にとってここは処刑台への待合室でしかない。

 最大の危機は、到着直後に訪れた。


「聖女様、お召し替えを……」

「お湯の準備ができましたわ」


 侍女たちの襲撃である。

 ドレスを脱がされたら終わる。一発アウトだ。

 俺は、


「召喚の儀で疲弊しているのです。一人で祈りを捧げたいので、下がって」


 と、もっともらしい嘘をついて全員を部屋から追い出した。

 鍵をかけた瞬間、俺はその場にへたり込んだ。


「……マジでどうすんだよ、これ」


 重たいウィッグを毟り取り、締め付けのきついコルセットを緩める。

 鏡に映るのは、肩まで伸びた地毛の黒髪と、華奢な鎖骨。顔だけ見れば、確かに自分でも「可愛いな」と思う。だからこそタチが悪い。

 汗で肌がべたつく。ドレスの中は蒸れて最悪だ。

 (風呂……入りてぇ)


 部屋には小さな洗い場がついているが、どうせなら広い湯船で足を伸ばしたい。

 俺は窓の外を確認した。深夜二時。城内の明かりはほとんど消えている。

 聖女の部屋の隣には、大浴場があると言っていた。今なら誰もいないはずだ。

 俺はタオル一枚と銀髪のウィッグをひっつかみ、忍び足で廊下に出た。


   ◇


 大浴場は、俺の想像を絶する広さだった。

 プールのような浴槽。ライオンの口から出るお湯。立ち込める湯気。

 誰もいないことを確認し、俺は全ての衣服を脱ぎ捨てた。


「ふぁぁぁ〜……生き返る……」


 湯船に浸かった瞬間、緊張の糸が切れた。

 今日一日の理不尽な出来事が、お湯に溶けていくようだ。

 俺はタオルで体を洗いながら、自分の体を再確認する。

 薄い胸板。くびれた腰。筋肉の付きにくい体質はコンプレックスだが、今はそれが聖女としての偽装に役立っている。皮肉なもんだ。

 そして、視線を下に向ける。


 そこには、俺のアイデンティティがあった。

 色白で華奢な体躯には似つかわしくない、非常に健康的な、男子の証。

 自分で言うのもなんだが、そこそこ自信があるサイズだ。平均よりは確実に上を行っている。日本の銭湯でも「おっ、坊主いいモン持ってんな」と知らないおっさんに褒められたこともある。


「……頼むから、縮こまっててくれよな。これから毎日が演技なんだから」


 俺は相に言い聞かせ、湯船から上がった。

 その時だった。


 ガチャリ。


 重厚な扉が開く音が、浴室に響き渡った。

 俺は硬直した。全裸で仁王立ちのまま、入り口を見る。

 湯気の向こうから現れたのは、見回りの交代だろうか、タオルと着替えを持った赤髪の男――騎士団長アレンだった。


「…………」

「…………」


 時間が、止まった。

 アレンの目が大きく見開かれる。

 こんな深夜に、まさか聖女が一人で入浴しているとは夢にも思わなかったのだろう。

 彼は瞬時に顔を真っ赤にし、慌てて視線を逸らそうとした。


「も、申し訳ありませ――ッ!!」


 実直な騎士として、聖女の裸体を見るなど万死に値する。彼はそう思ったはずだ。

 だからこそ、彼は視線を「顔」から外し、「下」に向けてしまった。

 礼儀として、目を伏せたのだ。

 その先に、何があるかも知らずに。


 アレンの動きが、ピタリと止まる。


 彼の視線は、俺の顔(美少女)から、平らな胸を通り過ぎ、臍の下へ。

 そして、そこに鎮座する「イチモツ」に釘付けになった。


 湯上がりで血行が良くなり、堂々と存在感を主張する俺の相棒。

 華奢な太ももの間で、それは異様なほどの存在感を放っていた。可憐な聖女という絵画に、極太のマジックで落書きされたかのような違和感。

 アレンの青い瞳が、極限まで見開かれる。


「……へ?」


 静寂を破ったのは、騎士団長の間の抜けた声だった。

 彼は一度目をこすり、もう一度見た。

 幻覚ではない。そこにあるのは、間違いなく、彼自身とおそろいアレだ。しかも、自分よりデカイかもしれない。


 俺は、タオルで隠すことすら忘れていた。

 いや、今更隠したところでもう遅い。

 アレンの顔から、急速に血の気が引いていく。赤面から蒼白へ、そして土気色へ。

 彼の唇がわなないた。


「せ、聖女……様……?」

「……見なかったことには、できないよな?」


 俺が低音(地声)でボソリと呟くと、それがトドメだった。

 アレンは白目を剥き、口から魂のようなものを吐き出しながら、その場に崩れ落ちそうによろめいた。

 壁に手をつき、彼はうわ言のように呟く。


「嘘だ……神よ、嘘だと言ってくれ……あんなに可愛い顔をして……ついている……しかも、あんなに立派なものが……」


 終わった。

 俺の異世界生活は、召喚から二十四時間を待たずして、風呂場で全裸のまま騎士団長に聖剣エクスカリバーを見せつけて終了した。


(処刑だ……父さん、母さん、先立つ不幸をお許しください……)


 俺は天井を仰いだ。

 湯気が、無情にも俺たちの間を揺らめいていた。


 

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