32話 シェルの心理戦
大会会場は、歓声と熱気に包まれていた。
剣、魔法、腕相撲、知恵比べ・・・
様々な勝負が繰り広げられる中、ひときわ静かな空気をまとった対戦が始まろうとしていた。
トランプ・ババ抜き。
向かい合って座る二人。
一人は、旅団の隊長・シェル。
もう一人は、感情の起伏がまるで読み取れない、無表情の少女、アルだった。
シェル「俺、行くわ」
フローナ「シェル、ババ抜き得意なの?
あの子、表情が全然読めなさそうだけど・・・」
レン「隊長は、ババ抜き強いですよ」
メリサ「心理戦で隊長に勝てる人なんて、そうそういないからねぇ」
フローナ「へぇ、そんなに強いんだ・・・」
メリサ「さすがの隊長もコキア君にはかなり苦戦してたけどね」
フローナ「見てみたい・・・」
メリサ「今度、皆んなでやろうよ」
フローナ「はい!」
♦︎試合開始。
互いに一言も発さず、淡々とカードを引いていく。
カードが擦れる音だけが、会場に乾いて響く。
レン「手強いですね」
メリサ「うん。
あの手のタイプは、さすがの隊長でも読みづらいよ」
アルの表情は、最初から最後まで一切変わらない。
まばたきすら少なく、人形のように静かだった。
その時。
シェルの手が、不意に止まった。
審判「おっと!
シェル選手の手が止まったぁ!
これはかなり難航している様子だー!」
シェル(やれやれ。
女の子を威圧する真似はあんまりしたくなかったんだけどな)
シェルは、わざと迷う素振りでカードを見つめ、
一拍置いてゆっくりと両手を組んだ。
そして。
相手の少女の“目”を、真っ直ぐに見据えた。
「!?」
ほんの一瞬。
確かに、アルの瞳が揺れた。
動揺している。
フローナ「!!空気が変わった・・・」
レン「本気、出しましたね」
メリサ「あの隊長を本気にさせるなんてたいした子だねぇ」
ここからは、一方的だった。
シェルがカードを引く度にアルの指先が僅かに強張っていく。
呼吸の間隔が少しずつ乱れる。
無表情の裏で、確実に“焦りが生まれていた。
そして、終盤。
最後の一枚。
シェルがカードに指を伸ばした、その瞬間・・・
アルは、思わずその手首を掴んでしまっていた。
はっとして、すぐに手を離す。
「負けた・・・」
小さく、悔しさを滲ませた声。
シェル「君、意外と負けず嫌いなんだね」
そう言って、ニカッと笑う。
シェル「でもさ、
そういうの、俺は良いと思うよ!」
「!」
アルは、不意を突かれたように目を見開いた。
勝敗ではなく、性格を肯定されたのは初めてだったのだ。
表彰。
優勝の品が、ずらりと並べられる。
シェルは、その中から一つのアクセサリーを手に取り、歩き出した。
レン「え、隊長?」
向かった先は・・・
先程トランプで戦った無表情の少女、アルだった。
「・・・どうして、これを私に・・・?」
戸惑いの声が漏れる。
シェル「あ、先に言っとくけどバカにしてるとかじゃないからね?
最初に景品見た時さ、このアクセサリーの時だけ君の視線が止まってたから」
少女は、小さく息を呑んだ。
シェル「俺ら、アクセサリーとか全然興味ないしさ。
せっかくなら好きな子が持ってた方がアクセサリーも喜ぶじゃん?」
そして、優しく差し出す。
シェル「だからさ。
良かったら、もらって?」
「負けたのに・・・もらえない・・・」
シェル「んー・・・じゃあさ」
少しだけ考えてから、笑う。
シェル「また、ババ抜きしようよ。
それでどう?」
その瞬間。
少女の胸の奥で、何かが解けた。
少女(ああ、そっか。
私.戦う前から、もう負けてたんだ・・・
この人に・・・)
「・・・分かった」
小さく、けれどはっきりと。
シェルは、またあの眩しい笑顔を見せる。
「あの・・・」
シェル「ん?」
「・・・あり・・・がとう・・」
慣れない言葉を出す。
シェル「どういたしまして!
そんじゃ、またね〜!」
大きく手を振って、去っていく背中。
少女は、胸にアクセサリーを抱いたまま、
誰にも気付かれないほど小さく微笑んでいた。
その笑顔を知る者は、まだ誰もいない。
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