1話 フローナ

昼下がり。

キャンピングカーの近くでテラス席を作り、

木のテーブルを囲んで、五人が食事を終えたところだった。


フローナ「ごちそうさまでした!

レンさんの料理、すっごく美味しかったです!」


フローナが満面の笑みで頭を下げる。

店で偶然出会ったシェルたちと意気投合し、自己紹介をした後に一緒に食事をすることになったのだ。


レン「ありがとうございます」


レンはわずかに照れながらも丁寧に返す。


フローナ「じゃあ、暗くならないうちに帰るね」


フローナが席を立とうとしたその時。

シェルが大きな声をあげた。


シェル「フローナも来なよ!」


フローナ「え?」


シェル「俺らの旅にさ」


レンは即座にシェルの腕を掴んだ。


レン「隊長、女性を誘う時はもっと慎重にして下さい。

彼女だって、こんな男だらけのグループ嫌でしょう」


シェルはフローナに顔を向けながら聞く。


シェル「嫌?」


あまりにストレートすぎる聞き方に、レンは頭を抱えた。


フローナは苦笑しながら言う。


「嫌なわけじゃないよ?

でも私、一人暮らししててアパートの契約とか、

家族や友達にも話さないといけないし・・・体もさ、弱いから迷惑かけちゃうと思う。」


シェルは頷き、


シェル「それなら2、3日この街にいるからさ。一緒に行くか。

連れてく奴らの顔くらいは、先に知っといた方がいいだろ。

体のことならメリサが何とかしてくれるよ」


レンが眉をひそめる。


メリサ「僕がいれば体調不良とはおさらばだからね!」


シェルの言葉にメリサが胸を張る。


フローナ「体調不良とおさらばかぁ・・・そうなったらいいな・・・」


しんみり言うフローナにメリサが続ける。


メリサ「僕はこのチームの医者だからね、フローナちゃんの分くらい朝飯前さ!」


フローナ「そう、ですか・・・」



レン「アパートの契約はともかく、家族や友人に何て話すつもりです?」


シェルはあっけらかんと言う。


シェル「え?ちょっとこの子借りてくよって」


レン「・・・」


レンの表情は完全に呆れ果てていた。


シェル「え、なんか不味い?」

 

シェルが首を傾げる。


メリサが苦笑しながら言う。


メリサ「いや、不味いというか・・・色々雑すぎるんだよねぇ」


フローナはシェルを見て、ふっと笑った。


フローナ「シェル、一緒に来てくれる?」


シェル「おっけ!行く行く!!」


レン「えっ、フローナさん、いいんですか?

こんないい加減な男の言い分聞いて」


フローナ「私が旅したくて行くんだし。

一人で行くより安心してくれると思う。」


メリサ「そう簡単に了承するかなぁ〜」


しかしシェルは満面の笑みで言い切った。


シェル「明日、みんなで行くか!」


レンは頭を押さえながらもため息まじりに言う。


レン「まぁ、顔も知らない人について行くよりは、いいか」


その隣で、

コキアは黙々と牛乳を飲んでいるだけだった。


コキア「ごくごく」


フローナ(なんか小さい動物みたい、可愛い子だな・・・)



♦︎翌日

シェルとフローナ、そして仲間たちはフローナのアパートに向かった。

大家さんにもろもろ説明をしに行き、

シェルがお金を渡たす。


大家「それは構わないけど・・・本当にこんなにもらっちゃっていいのかい?」


シェルは大きく頷く。


シェル「もちろんだ。

こっちの都合で振り回しちゃったからな。

このくらい当たり前だよ。」


大家は安心したように微笑む。


大家「そうかい。それなら、このお金はありがたく受け取っておくよ」


フローナは深々と頭を下げた。


フローナ「今までお世話になりました」


大家「こちらこそありがとうね。

気をつけて行くんだよ」


フローナ「はーい!」



♦︎友人


昼下がりの住宅街。

フローナはシェルたちと別れ、先に一人で友人たちの家を回っていた。


チャイムを押すと、

ドアが開くなり友人のミアが目を丸くする。


ミア「フローナ!? どうしたの急に。顔色悪くない? どこか行くの?」


フローナ「ううん、体調は大丈夫。えっとね、少し長い旅に出ることにしたの」


ミア「旅?」


フローナは小さく頷いた。


フローナ「ずっと行ってみたい場所があって。

それに、一緒に行ってくれる人たちができたから」


ミアは顔を曇らせ、上唇を噛んだ。


ミア「そんな急に・・・帰ってくるんだよね?」


フローナ「もちろん。戻ってくるよ。

ただ、いつになるかはまだ分からないけど」


ミアの目に涙が浮かぶ。


ミア「フローナ、体弱いから心配だよ」


フローナ「仲間の中にお医者さんもいるんだ。

だから大丈夫だよきっと。」


ミアはフローナをぎゅっと抱きしめる。


ミア「心配なんだよ。

でも、行きたいなら止められないか」


フローナ「大丈夫。サポートしてくれる人がちゃんといるから」


ミア「その“人”って男?」


フローナ「男の人もいるけどすごく優しい人たちだよ。

みんな強くていい人たち」


ミア「そっか・・・」


涙を拭いたミアは無理に笑顔を作った。


ミア「帰ってきたら、また三人で遊ぼうね。

ルカも絶対寂しがるから」


フローナ「うん。絶対帰る」


別れを告げて歩き出すフローナの背で、

ミアの声が響いた。


ミア「フローナー! 無茶しちゃダメだからね!!」


フローナ「うん!!」




♦︎夕方・空手道場

夕陽が差し込む木造の道場。

床は汗と涙と努力が染み込んだ色をしている。


フローナが道場の扉を開くと・・・。


リュウセイ(師匠)

タイガ(修行仲間)

セイヤ(修行仲間)

イツキ(修行仲間)


三人が黙ってこちらを見た。


セイヤ「マジで行くのか?」


タイガ「外にいるのがその仲間か?」


二人はまるで妹が嫁に行く前みたいな顔だ。


フローナ「もう、旅に行くだけだよセイヤ、タイガ!」


イツキ「気を付けてね」


フローナ「うん、ありがとうイツキ君」


師匠・龍成は腕を組んだまま、

ゆっくり近づいた。


龍成「フローナ」


彼女は姿勢を正して返事する。


フローナ「はい、師匠」


龍成「昔は自分の身体ひとつ支えることすら難しかった。体が弱かったからな・・・それでも稽古に来た」


フローナ「・・・はい」


龍成「そんなフローナが“旅に出る”と言った時、

わしは一瞬だけ止めようと思った。」


フローナ「師匠・・・」


だが、師匠は微笑んだ。


龍成「でもな、

お前は“弱いからこそ強くなりたい”と言い続けた子だ。

その心がある限り大丈夫だな。

それに、あんなに頼もしい仲間たちがいる。

だから、安心して行って来なさい。」


後ろの方でシェルたちが照れているのが分かる。

フローナの目に涙が溜まる。


フローナ「はい!」


セイヤ「シェルって言ったな。俺と戦え」

フローナ「ちょっとセイヤ、何を言うの。」

タイガ「まぁ、セイヤの言うことも一理あるな。

どんくらい腕っぷしが強いか確かめないことには話が始まらないよな?」

イツキ「全く・・・二人は相変わらずだな」


シェル「えー、なんか面倒くさいからやだ〜」


セイヤ「何だとー?シェル、お前まさか・・・負けるのが怖いのか?」

タイガ「俺ら、そこいらの半妖には負けないぜ?」


シェル「そう言われてもねぇ・・・」


師匠「よさんか二人とも」


タイガ「師匠!!」

セイヤ「何で止めるんですか!!」


師匠はチラッとシェルを見る。


師匠「自分の力を過信するな。お前たちが三人がかりで戦っても、この男には勝てんよ。」


タイガ「え・・・」

セイヤ「そんなもん、やってみなきゃ分からないでしょう!」


師匠「相手の強さが分かるのも強さ、それを見極め逃げるのも強さだ。

それに、せっかくのフローナの門出だ。

そこに水を刺してはいかんぞ。」


タイガ「ぐ・・・分かりましたよ」

セイヤ「仕方ねーな・・・だが、次に会った時は戦ってもらうからな!」


シェル「うん、分かった」


セイヤ「けど!一つだけ言わせろ!

フローナは、俺たちの修行仲間だ!!フローナになんかあったらお前をぶっ飛ばしに行くからな!」

タイガ「うん、大事な仲間だからな!!」

イツキ「シェルさん、フローナは体が弱いですし心も・・・ですからよろしくお願いしますね。」


シェル「ああ、任せておけ!!」


フローナ「皆んな・・・ありがとう」

フローナが胸の前で手を重ねた。


セイヤ「あ!そうだ、ユキにも伝えとかなきゃな」

タイガ「ユキのやつ、泣くな」

イツキ「だな」


フローナ「え、なんでユキ君??」


三人が一斉にフローナを見てため息を吐く。


セイヤ「そんなの、好きだからに決まってんだろ」

タイガ「そうだぞーフローナ」

フローナ「えーまさかぁ・・・ユキ君まだ13歳だよ?

私、19だし」

セイヤ「あのなぁ・・・」


セイヤが呆れた表情を浮かべる。


タイガ「ま、それでこそフローナだけどな」

フローナ「何よそれー」

イツキ「ユキの奴、たぶん追いかけに行くんじゃないかな?」

セイヤ「俺もそう思うー」

フローナ「まさか」


師匠「ほらほら、フローナ。仲間たちが待っているぞ」

フローナ「はい、師匠!!」


セイヤ「気ーつけてなー!!」

タイガ「ちゃんと飯食えよー!!」

イツキ「行ってらっしゃい」

フローナ「行って来ます」




♦︎フローナの実家


フローナの両親とシェルたちは、玄関先で向かい合っていた。


最初は警戒していた両親だったが、

いつの間にか、シェルと父親が盛り上がり・・・

母親は涙ぐんでいた。


母「この子、人一倍手のかかる子だけど・・・よろしく頼むわね」


父「いやぁ! こんな良い男が一緒なら安心だ!!」


シェルは真っ直ぐな瞳で答えた。


シェル「ああ。連れてくからには命に変えても俺が守る」


その剣のように鋭く、

同時に優しさの宿った声を聞きフローナの心臓が跳ねる。


「ドキッ」



♦︎

メリサ「あっさり承諾してくれたね」

フローナ「はあ〜、良かったぁ!!」

レン「それに、意外とまともでしたね隊長」

シェル「そうか?」

コキア(黙って付いていく)



♦︎夜

宿に戻ると、シェルが部屋の前で言った。


シェル「フローナ、この部屋使って」


フローナ「え、でもこの部屋、シェルのでしょ?」


シェル「俺は元々あいつらと雑魚寝予定だったんだよ。

あいつらが気を使って俺専用の部屋作ってくれたんだ」


フローナ「本当にいいの?」


シェル「もちろん。

あー布団変えるから、ちょい待っててな」


フローナは小さく微笑んだ。


フローナ「ありがとう」


部屋の中に入ると、

柔らかい布団と綺麗に整えられた部屋が広がる。

コンパクトな机と椅子もある。


フローナはそっと胸に手を当てた。


(こんなお姫様扱いでいいのかな)


だが、心の奥底では嬉しさがあふれていた。


こうしてフローナは四人の仲間となり、

新たな物語が始まったのである。


 

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