私のゴールデンスランバー
私は、保安検査場を通過し、ゲートに向かう通路を歩いていた。
少し前、彼に渡したミックステープが、もう彼のポケットの中にあることを思い出す。あのカセットテープは、私が彼と出会ってからずっと準備していたものだ。
「半年間、連絡しない」
彼の言葉が、耳の奥で何度も反響する。ナイフで刺されたような痛みだった。彼の冷たさは、私への「慣れないでほしい」「忘れないでほしい」という、素直なメッセージの裏返しなのだと、私は理解していた。彼はいつも、壊れる音を聞く前に、先に電源を落としてしまう。
私は、手荷物検査を終え、待合室のベンチに座った。飛行機の出発までまだ時間がある。
私は、カセットテープを渡す直前、彼がトイレに行っている間に、自分の声のメッセージを最後に付け加える時間があったことを思い出した。
私は彼のミックステープの、最後の空白部分に、こっそり自分の声を上書きしたのだ。そして、カセットテープの上にある曲目リストに、最後のトラック名を書き足した。
彼の愛する『ゴールデンスランバー』の歌詞が、頭の中で流れる。彼の孤独の砦である音楽に、私の「必ず帰る」という約束を刻みつけておきたかった。半年間、彼を世界から切り離さないための、小さな命綱として。
涙が滲んだ。この涙は、彼と離れる寂しさだけじゃない。彼の心の壁の向こうに、今、私がいないという事実が痛かった。
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