VTuber皆桃サナの異世界Live!
海木雷
第1話 「次元の壁、超えちゃいましたっ☆」
昼間の喧騒がまだ耳に残る。
サナエは照明を落とした部屋で、モニターに小さく手を振った。
「今日も見に来てくれてありがと〜!明日は新作入荷だから寝坊できないんで、ここまでっ!
皆桃サナ、しゅばっ!おつサナ〜!」
画面には無数の「おつサナ!」のコメントと、ハートの絵文字が流れる。
PCの電源を落とし、髪をほどき、ベッドへ倒れ込む。
(あ〜疲れた。明日の棚卸しは地獄、考えただけで胃が痛い…)
そう思った直後、まぶたが重く落ちていった。
光が揺れる。
白も黒もない、淡いピンク色の空間。
その中央に、彼女がいた。
画面の中の存在であるはずのVTuber、皆桃サナ。
いつもの笑顔で、だがどこか切実な声で囁く。
『サナエ。ボクの声、聞こえる?』
「え、ちょ、待って。私…私がサナだけど?」
混乱する頭の中に、サナが真っ直ぐに言葉を落とす。
『お願い。ボクの世界が危ないの。配信の力で、リスナーさん達の力で、助けてほしい。ボクは画面のこちらから出られない。でも、あなたなら―』
伸ばされた手に触れた瞬間、視界が反転した。
草の匂い。風の音。
夜の喧騒も電車の走行音もない世界。
「……え?」
見下ろすと、そこにあるのは現実の手ではなかった。
淡い桃色の髪、リボン、衣装。鏡を見なくてもわかる。
私は皆桃サナの姿になっていた。
「配信者が、アバターのまま異世界とか…聞いてないよ!?」
慌てて周囲を見回すと、視界の端に半透明のウィンドウが浮かんでいる。
《LIVE開始しますか?》
□はい
□いいえ
RPGのメニューみたいなものが、現実に存在していた。
「いやいや、寝ぼけてる?これは夢?……夢にしては草がリアルすぎない?」
ウィンドウに触れると、さらに文字が浮かぶ。
《※この世界における”配信”は魔力行使の手段です。
視聴が増えるほど力が強化されます。
コメント→攻撃魔法、回復魔法
スパチャ→強化バフ
切り抜き→拡散効果・エリア影響範囲拡大》
「切り抜きでエリア拡大って何!?バズらせたら範囲制圧できるの!?」
混乱とツッコミが止まらない。
その時――背後の茂みがガサリと揺れた。
黄色い瞳が闇の中で光る。
小型の魔物。犬のようで、でも骨が透けて見える。
「ちょ、武器ない!魔法もわかんない!詰んだ!?」
魔物が飛び掛かってきた。
反射的に、サナエは空中に浮かぶウィンドウをタップした。
《はい》
瞬間、空気が震え、ピンク色の光が舞った。
懐かしい効果音が鳴り響く。
【LIVE配信開始!】
視界の端にカウントが現れる。
視聴者:1
コメント:——
「え、誰!?見てるの誰!?」
──『え?なにこれ。深夜に新配信?w』
コメントが一つ流れた瞬間、サナの手元に光の粒が集まり、
指先から小さな魔法弾が発射された。
魔物の肩に直撃し、黒い靄と共に消え去る。
「当たったぁ!? コメントが攻撃になるってガチだったの!?」
息を荒らしながら、サナエは笑った。
恐怖よりも興奮が勝っていた。
「みんなー!異世界配信、始まっちゃったっぽい!!
次元の壁、超えちゃいましたっ☆ 皆桃サナです!!」
夜空に声が響く。
画面の向こう側から、コメントが次々と流れ始めた。
世界の命運と、配信の勢いを背負って――
サナの異世界ライブが幕を開ける。
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