第9話 ダンジョンデート? いいえ、素材収集ツアーです
「わぁ……綺麗……!」
Aランクダンジョン『翠緑の迷宮』の中層エリア。
そこには、地上の植物園など比較にならないほどの幻想的な光景が広がっていた。
水晶でできた花々が淡い光を放ち、エメラルド色の苔が地面を覆う。天井からは光る蔦がカーテンのように垂れ下がっている。
天道ヒカリは、ドローンのカメラに向かってクルリと回ってみせた。
白い戦闘衣の裾が花びらのように舞う。
「皆さん見てください! ここ、絶好のスクショポイントですよ!」
『かわいい』
『背景も相まって妖精さんみたい』
『これダンジョン配信? 観光配信じゃなくて?』
『デートスポットにしか見えん』
『カイくん、そこ代わって』
コメント欄は平和そのものだ。
俺、黒峰カイは、はしゃぐヒカリの後ろで、淡々と周囲の警戒を続けていた。
「確かに綺麗だけど、その水晶花(クリスタル・フラワー)、近づくと麻痺花粉を撒き散らすから気をつけてくれ」
「えっ!? こ、これモンスターなんですか?」
ヒカリが慌てて花から飛び退く。
「ああ。でも市場価値は高い。花粉袋を傷つけずに採取すれば、一本五万円にはなる」
「ご、五万円……」
「ちょっと待っててくれ」
俺は腰のポーチからピンセットと小瓶を取り出した。
そして、目にも留まらぬ早業で、周囲に群生していた水晶花から花粉袋と花弁を採取していく。
シュパパパパッ!
「よし、三十本採取完了。これで百五十万円だ」
「早すぎませんか!? 私、瞬きしてる間に終わっちゃいましたけど!?」
ヒカリが目を丸くする。
俺にとっては日常茶飯事だ。『スターダスト』時代は、移動しながら金になる素材を回収しないと、彼らの浪費癖による赤字を埋められなかったからな。
「カイ君の手際、魔法みたいですね……。サポーターって、こんなこともできるんですか?」
「俺の場合は生活がかかってたからな。さあ、どんどん行こう。ここは宝の山だ」
俺は歩き出した。
ヒカリは少し呆れたように、でも楽しそうに俺の後を追ってくる。
『素材回収RTA』
『デートかと思ったらガチの収穫祭だった』
『カイくんの「金になる」発言、苦労人感あって好き』
『ヒカリちゃんがドン引きしてなくてよかったw』
◇
探索は順調に進んだ。
というより、順調すぎて怖いくらいだ。
「えいっ! 『聖なる矢(ホーリー・アロー)』!」
ヒカリが魔法を放つ。
出現した『トレント』の群れが、光の矢に貫かれて浄化されていく。
「すごい……! 私、今日調子いいかも!」
ヒカリが自分の手を見て驚いている。
普段なら三発撃てば息切れする威力の魔法を、もう十発以上連射しているのに、魔力が減っている感覚がないらしい。
当然だ。俺が後ろから『魔力循環(マナ・リサイクル)』のバフをかけているからな。
彼女が放出した余剰魔力を回収し、精製して再び彼女に戻す。永久機関に近い高効率サポートだ。
さらに、『風の加護』で彼女の移動速度を上げ、『必中補正』で狙いをアシストしている。
「カイ君、私なんだか体が軽いです! 空も飛べそうなくらい!」
「それはよかった。でも油断は禁物だぞ」
「はいっ! ……あ、あそこに美味しそうな果物が!」
ヒカリが指差したのは、木の上に実っている黄金色の果実だった。
『ゴールデン・アップル』。
食べると体力が全回復し、一時的にステータスが上昇するレアアイテムだ。味も極上と言われている。
「取りますね!」
ヒカリが軽くジャンプする。
しかし、着地した場所が悪かった。
木の根が複雑に絡み合っており、彼女の足が引っかかったのだ。
「あっ」
「危ない!」
俺は瞬時に動いた。
転倒しかけた彼女の腰を支え、抱き止める。
ゴールデン・アップルは、俺のもう片方の手がしっかりとキャッチしていた。
「……大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます……」
至近距離。
ヒカリの顔が赤い。上目遣いで俺を見つめている。
視聴者的には最高のアングルだろう。
『キタアアアアアアア!』
『ナイスキャッチ!』
『腰に手! 腰に手があああ!』
『もう付き合っちゃえよ』
『これはAランクダンジョン吊り橋効果』
俺は彼女を立たせ、手にした果実を渡した。
「ほら、お目当てのリンゴだ。泥がつかなくてよかったな」
「あ……ありがとうございます」
ヒカリはリンゴを受け取ると、少し躊躇ってから、袖でキュッキュと磨いた。
そして、それを俺の口元に差し出してきた。
「あの、カイ君。助けてもらったお礼に、最初の一口、どうぞ」
「え? いや、見つけたのはヒカリだし」
「いいから! 食べてください!」
彼女の瞳が潤んでいる。これは断れない流れだ。
それに、俺も少し小腹が空いていた。
俺は素直に、彼女の手にあるリンゴにかぶりついた。
シャクッ。
甘美な果汁が口いっぱいに広がる。
「……美味い」
「本当ですか? よかった……えへへ」
ヒカリは嬉しそうに笑うと、なんとそのまま、俺が齧った場所のすぐ隣を、自分も齧ったのだ。
「ん~っ! 甘いっ!」
『!?』
『間接キス!?』
『あああああああああ!』
『ヒカリちゃん大胆すぎん!?』
『カイくん、そこ代わって(切実)』
『爆発しろ(祝福)』
『尊すぎて画面割れた』
コメント欄が阿鼻叫喚の嵐に包まれる。
俺は少し動揺したが、ヒカリがあまりに自然だったので、指摘するのも野暮かと思ってスルーした。
これがトップアイドルのファンサービスなのか、それとも天然なのか。
どちらにせよ、彼女のペースに巻き込まれているのは間違いない。
◇
そんな甘い雰囲気(物理的にも)の二人旅だったが、第十階層に差し掛かったあたりで、俺の鼻がピクリと動いた。
「……臭うな」
「え? 私、汗臭いですか!?」
ヒカリが慌てて自分の匂いを嗅ぐ。
「違う。この甘ったるい匂いだ。……『フェロモン香』か?」
風に乗って漂ってくる、独特の紫煙の匂い。
これはモンスターを興奮させ、引き寄せるための違法アイテムだ。
普通、探索者が自分に使うことはない。自殺行為だからだ。
(誰かが、俺たちの進行方向にこれを撒いたな)
犯人の目星はついている。
昨日の今日で、俺たちに嫌がらせをする暇人は一組しかいない。
俺は『広域探知』の感度を最大にした。
いた。
ここから五百メートルほど先、岩陰に隠れている三つの反応。
間違いなくキラたちだ。
(懲りない連中だな……。こんな場所で誘引香を使えばどうなるか、想像もつかないのか?)
このエリアには、凶暴な昆虫型モンスターが多い。
案の定、周囲の森がざわめき始めた。
ブブブブブブ……という不快な羽音が、全方位から近づいてくる。
「カイ君、何か来ます!」
「ああ。大量の『キラー・マンティス』と『ポイズン・ビー』だ。数は……三百ってところか」
「さ、三百!?」
ヒカリが顔を青ざめさせる。
Aランクモンスターの群れ。普通なら撤退一択の状況だ。
しかし、俺はニヤリと笑った。
「ヒカリ、運がいいぞ」
「えっ!? こ、この状況で運がいいんですか!?」
「キラー・マンティスの鎌は最高級の武器素材になる。ポイズン・ビーの毒針も、解毒剤の原料として高値で取引されるんだ」
俺はポーチから、いくつかの空のアイテム袋を取り出した。
「向こうから素材(デリバリー)が来てくれたんだ。ありがたく頂戴しよう」
『発想がサイコパスwww』
『三百体を「素材」呼びは草』
『これ絶対誰かの罠だろ』
『カイくんの目が¥マークになってる』
『ヒカリちゃん逃げてー!』
「ヒカリ、君は中央で『光の守護(ホーリー・プロテクション)』を展開して待機だ。俺が全部『収穫』してくる」
「えっ、でも一人じゃ……!」
「大丈夫。三〇秒で終わる」
俺は前に出た。
森の木々をへし折りながら、巨大なカマキリと蜂の軍団が押し寄せてくる。
まさに地獄絵図。
だが、俺にはスローモーションに見えていた。
「『広域拘束(エリア・バインド)』」
俺が地面に手を触れた瞬間、周囲の植物が一斉に活性化した。
翠緑の迷宮そのものの力を借り、木の根や蔦を俺の魔力で操る。
ズズズズズッ!!
「ギシャアアアアッ!?」
三百体のモンスターが、一斉に地面から伸びた蔦に絡め取られた。
羽を封じられ、鎌を縛られ、身動きが取れなくなる。
空中に固定された三百の標本。
「すごい……! 植物魔法まで使えるんですか!?」
「環境利用闘法ってやつだ。さて、収穫タイムといこうか」
俺は手刀に風の魔力を纏わせた。
それは目に見えない巨大なカマイタチとなる。
「『風刃乱舞(エアロ・スライサー)』」
ヒュンッ!
一振り。
ただ一度、腕を振るっただけ。
それだけで、無数の風の刃が正確無比にモンスターたちの「素材部位」だけを切断した。
カマキリの鎌、蜂の毒針。
それらが綺麗に切り離され、重力に従って落ちてくる。
俺はそれを風魔法でコントロールし、用意したアイテム袋へと次々と放り込んでいった。
「……ごちそうさま」
拘束を解くと、武器を失ったモンスターたちは戦意を喪失し、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
残ったのは、パンパンに膨れ上がったアイテム袋の山だけ。
『ファーwwwwwww』
『農家の収穫作業かな?』
『三百体を無傷で無力化とかバケモノか』
『素材だけ奪って逃がすとか、逆に鬼畜』
『ヒカリちゃんポカーンで草』
『これがS級サポーター(物理)』
俺は袋の口を縛りながら、ヒカリに振り返った。
「よし、大漁だ。これなら推定五千万円はいくだろう。今日の報酬、期待していいぞ」
「あ、あはは……。カイ君って、本当に規格外ですね……」
ヒカリは引きつった笑みを浮かべていたが、その瞳には尊敬の色が混じっていた。
俺たちは意気揚々とその場を後にした。
◇
一方、その様子を岩陰から見ていた『スターダスト』の三人は。
「な、なんでだよ……!」
キラはガタガタと震えていた。
自分の計画では、大量のモンスターに襲われてパニックになった二人が、命からがら逃げ惑うはずだった。
そこに自分が現れ、広範囲殲滅魔法(巻物使用)で助けるというシナリオだったのだ。
それがどうだ。
カイは一歩も動かず、一瞬で全てのモンスターを無力化し、あろうことか素材だけ奪い取って金に変えてしまった。
「あいつ……俺たちが高い金出して買った誘引香を、ただの『集客装置』にしやがった……!」
「三百体のAランクモンスターよ!? ありえないわ!」
「俺たち、ただカイに貢いだだけじゃねぇか……!」
ミナとゴウも絶望的な顔をしている。
誘引香の代金は、彼らの借金によって賄われていた。それが全て、カイの利益になったのだ。
「くそっ……くそおおおおおッ!!」
キラは地面を叩いた。
だが、悲劇はこれで終わらなかった。
カイが「逃がした」武器のないモンスターたちが、逃走ルート上にいたキラたちの方へ向かってきたのだ。
武器はなくとも、Aランクモンスターの質量と突進力は健在だ。
しかも、武器を奪われた怒りで興奮状態にある。
「お、おい! こっちに来るぞ!」
「嫌ぁあああ! 来ないでぇえええ!」
「逃げろッ! 殺されるッ!」
「ギャアアアアアアアッ!!」
彼らの悲鳴が森に木霊する。
しかし、その声は俺たちのいる場所までは届かなかった。
◇
「なんか今、変な声がしませんでした?」
アイテム袋をドローンの運搬機能に預けながら、ヒカリが首を傾げた。
「さあな。珍しい鳥でもいたんじゃないか?」
俺はとぼけた。
彼らの自業自得だ。助ける義理もないが、まあ死にはしないだろう。あの三人も腐ってもAランクパーティだ。逃げ足だけは速い。
「それよりヒカリ、この先に隠しエリアがあるらしい。そこには『月光の泉』っていう、魔力を回復させる温泉があるんだが」
「お、温泉!?」
ヒカリが食いついた。
「行きます! 絶対行きます! 汗かいちゃったし、入りたいです!」
「いや、俺たちは配信中だぞ? 入浴シーンなんて流せるわけないだろ」
「足湯ならいいじゃないですか! カイ君と混浴足湯……再生数、稼げますよ?」
彼女は小悪魔的な笑みを浮かべた。
こいつ、俺が再生数や金の話に弱いことを見抜いてきている。
「……足湯だけだぞ」
「やったぁ! 行きましょう、カイ君!」
俺たちはさらなる奥地へと進む。
大量の素材ゲットで懐は暖かく、隣には上機嫌な美少女。
皮肉にも、元仲間の悪意ある妨害のおかげで、この「素材収集ツアー」は大成功を収めつつあった。
だが、この『翠緑の迷宮』の最奥には、まだ誰も見たことがない『迷宮の主(ダンジョン・マスター)』が眠っていることを、俺たちはまだ知らなかった。
そして、逃げ惑うキラたちが、その封印をうっかり解いてしまうことも。
次回、温泉回……ではなく、激闘の予感。
だが今はまだ、木漏れ日の中を歩く二人の背中は、どこまでも平和だった。
『今日のMVP:誘引香を撒いた名無しの支援者』
『カイくんのサイフが潤う音がする』
『足湯デート楽しみ』
『ざまぁ展開は見えないけど、結果的に大勝利で草』
コメント欄の予言通り、本当の「ざまぁ」は、この直後に訪れることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます