第3話 同接1人だったはずが、気づけば100万人超えていた件

チュンチュン、と小鳥のさえずりが聞こえる。

カーテンの隙間から差し込む朝日が、俺の瞼を優しくノックした。


「……ん」


俺、黒峰カイは、重い体を起こして伸びをした。

昨夜は色々とあった気がする。

パーティをクビになって、ヤケになって深淵ダンジョンに行って、ドラゴンを蹴っ飛ばして、イフリートを凍らせて……。


「……夢か」


そうに違いない。

あんな漫画みたいなことが起きるわけがない。

俺は普段通り、目覚まし代わりに枕元のスマホへと手を伸ばした。

時間を確認して、学校へ行く支度をしなければ。


ホームボタンを押す。


『――システムエラーが発生しました』

『通知数が上限を超えています』

『メモリ不足により動作が不安定です』


「……は?」


画面が固まっていた。

というか、見たことのない警告表示が出ている。

俺は寝ぼけた頭を振って、強制再起動をかけた。

数分後、ようやく立ち上がったスマホの画面を見た俺は、心臓が口から飛び出しそうになった。


『不在着信:482件』

『メッセージ(RINE):999+件』

『D-Tube通知:99,999+件』


「な、なんだこれ……!?」


俺は震える指で、恐る恐る動画配信アプリ『D-Tube』のアイコンをタップした。

アプリが重い。起動にやたら時間がかかる。

ようやく表示された俺のマイページ。

そこにあった数字は、俺の理解を遥かに超えていた。


チャンネル名:『no_name』

登録者数:1,580,000人


「いち、じゅう、ひゃく……ひゃくごじゅうまん、にん?」


桁を数え間違えたかと思い、三回数え直した。

だが、事実は変わらない。

昨夜まで登録者ゼロだったはずの捨てアカウントが、一夜にして国内トップクラスの配信者と同等の数字を叩き出していたのだ。


そして、昨夜の『test』と題されたアーカイブ動画。

再生回数は――2,000万回を超えていた。


「嘘だろ……」


俺はベッドから転げ落ちそうになった。

コメント欄を開く。そこは今もなお、お祭り騒ぎが続いていた。


『伝説のアーカイブ巡礼』

『ここが世界を救った男のチャンネルですか』

『朝のニュースでやってたから見に来た』

『これCGじゃないってマジ? 専門家が匙投げたって聞いたけど』

『イフリートをインテリアにした男』

『特定班の報告まだー?』

『あ、特定完了してるぞ。まとめサイト見ろ』


「と、特定……?」


嫌な汗が吹き出す。

俺は慌ててSNSのトレンドを確認した。


1位:#仮面のS級サポーター

2位:#深淵ダンジョン

3位:#スターダスト炎上

4位:#黒峰カイ

5位:#イフリート氷漬け


「名前出てるぅぅぅぅぅぅぅ!!」


俺は頭を抱えて絶叫した。

「黒峰カイ」というワードをタップすると、そこにはネット探偵たちの恐るべき調査能力の結果が羅列されていた。


『仮面の男が配信中で呟いていた「スターダスト」「サポーター」「クビ」という情報から推察』

『スターダストの公式サイトから、昨日付で「サポーター・K」こと黒峰カイが脱退していることを確認』

『背格好、声紋の分析結果、99%一致』

『黒峰カイは都内の○○高校に通う2年生』

『卒業アルバムの写真入手。地味だけどイケメンじゃね?』


丸裸だった。

住所こそまだ特定されていないようだが、学校も顔も名前も、全てが全世界に割れている。

俺が隠したかった「陰の実力者」としての平穏な生活は、たった一晩で崩壊していた。


「終わった……俺の高校生活、終わった……」


膝から崩れ落ちる俺。

だが、地獄はまだ底を見せていなかった。

俺のスマホが、再び震え始めたのだ。

通知の嵐の中に、見覚えのある名前からの着信が混じっていた。


発信者:キラ(着信拒否中)


「……今更かけてきて、何だっていうんだ」


俺はげんなりしながら、その通知を無視した。

だが、着信は止まらない。キラだけじゃない。ミナからも、ゴウからも、狂ったように連絡が来ている。


          ◇


同時刻。

都内の高級タワーマンションの一室。

そこは、人気パーティ『スターダスト』のシェアハウス兼事務所だった。


「ふざけんな! なんだよこれ!」


リーダーのキラは、自身のスマホを壁に投げつけた。

朝起きてみれば、SNSのアカウントが炎上していたのだ。

罵詈雑言のリプライ、DMの嵐。


『お前ら、あんな化け物を追放したってマジ?』

『見る目なさすぎwww』

『カイ君のおかげでイキれてただけの雑魚パーティ』

『昨日の配信見たけど、カイ君の暴露話マジならお前ら人間のクズだな』

『詐欺罪で訴えられろ』


「なんなんだよ! あいつはただの荷物持ちだぞ!?」


キラは髪を掻きむしる。

リビングには、同じく顔面蒼白のミナとゴウがいた。

大型モニターには、ニュース番組が映し出されている。

そこでは、昨夜の俺の配信の切り抜き映像が流されていた。


アナウンサーの声が響く。

『――昨夜未明、立ち入り禁止区域である深淵ダンジョンにて、謎の人物による配信が行われました。専門家の分析によると、映像に加工の痕跡はなく、映っているSランクモンスターの討伐も事実である可能性が高いとのことです。ネット上では、この人物が人気パーティから追放されたばかりの高校生ではないかと噂されており……』


「ありえない……」


ミナが震える声で呟いた。

彼女が見ているのは、俺が指パッチンでヘルハウンドの群れを消滅させたシーンだ。


「無詠唱の広範囲殲滅魔法なんて……大魔導師クラスでも不可能よ。あいつ、魔力なんてほとんど持ってなかったじゃない!」

「俺だって信じられねぇよ!」


ゴウがテーブルを叩く。


「あのイフリートだぞ!? 俺のフルプレートアーマーだって一瞬で溶かされる熱量だ。それを、あいつは……素手で……」


三人は言葉を失った。

彼らは知っていたのだ。自分たちの実力が、そこまで高くないことを。

S級ダンジョンの攻略なんて夢のまた夢。A級ですら、昨日はなぜか体が重く、モンスターの攻撃がやけに痛かった。

それが「カイのバフがなくなったせい」だとは認めたくなかったが、目の前の映像が突きつける現実は残酷だった。


「くそっ、電話に出ろよカイ!」


キラは予備のスマホで、何度も俺に発信し続けていた。


「これは誤解だ。あいつは俺たちの仲間だろ? きっと戻ってくるはずだ。そうすれば、この炎上も収まる……いや、むしろあいつの人気を利用して、俺たち『スターダスト』はもっと有名になれる!」


キラの目には、狂気じみた光が宿っていた。

彼はまだ、自分たちが「上」だと思っている。

カイは自分たちに依存しているはずだ、と。

少し優しくしてやれば、尻尾を振って戻ってくるはずだ、と。


「おい、学校だ! あいつ今日学校に来るはずだろ!」


キラが叫ぶ。

三人は慌てて着替え始めた。

プライドも羞恥心もかなぐり捨てて、彼らは俺を捕まえようとしていた。


          ◇


一方、別の場所でも、俺の動画を見つめる人物がいた。


白と基調とした清楚な部屋。

最高級のゲーミングPCの前に座っているのは、長い銀髪を揺らす美少女だった。

彼女の名は、天道ヒカリ。

現役女子高生にして、登録者数三〇〇万人を誇る国内トップの探索者配信者。

『聖女』の異名を持つ、回復と光魔法のスペシャリストだ。


「……すごい」


ヒカリは、モニターの中で俺がイフリートを凍らせるシーンを、0.1倍速で再生していた。

彼女の美しい瞳が、細められる。


「ただの氷魔法じゃないわね。発動の瞬間、熱エネルギーのベクトルを反転させて、相殺どころか吸収してる。こんな術式、論文でしか見たことない」


彼女は頬杖をつき、うっとりとした表情で画面の中の俺(仮面姿)を見つめた。


「黒峰カイ君……同じ学校に、こんな怪物が隠れてたなんて」


ヒカリの手元には、生徒手帳のデータが表示されていた。

彼女は生徒会の役員でもあり、生徒の情報にアクセスできる権限を持っていたのだ。


写真に映る黒峰カイは、少し前髪が長く、目立たない少年だった。

成績は中の下。実技の評価はE。

『スターダスト』の荷物持ちとして登録されていたが、目立った実績はない。


「能ある鷹は爪を隠す、のレベルを超えてるわよ」


ヒカリはクスクスと笑った。

彼女はずっと探していたのだ。

自分の隣に立てる、対等な実力者を。

ビジネスパートナーとしてではなく、魂のレベルで共鳴できる相手を。


「『スターダスト』の彼らは、本当に馬鹿ね。ダイヤの原石を通り越して、加工済みの最高級ダイヤモンドをドブに捨てるなんて」


ヒカリは椅子から立ち上がり、制服のリボンを整えた。


「会いに行こう。他のギルドや企業に取られる前に、私が唾をつけておかないと」


鏡の前でニッコリと微笑む。

その笑顔は、カメラの前で見せる「聖女」のそれよりも、少しだけ小悪魔的で、そして年相応の少女のときめきを含んでいた。


          ◇


そして、俺。

地獄のような通知ラッシュにもまれながら、なんとか制服に着替え、学校への道を歩いていた。


「……視線が痛い」


通学路。すれ違う人々が、俺を見てヒソヒソと話している。

マスクと伊達メガネで変装しているが、やはりネット特定班の情報網は侮れない。


「あいつじゃね? 噂の黒峰カイ」

「え、あんなヒョロいの? 動画だとめっちゃ強そうだったのに」

「でも背格好似てるよ」

「サイン貰っておくか?」


聞こえてくる会話に、胃がキリキリと痛む。

こんなことなら、今日くらいサボればよかった。

でも、サボったらサボったで「逃げた」と言われるのも癪だ。


校門が見えてきた。

いつも通りの校舎。いつも通りの日常……のはずが、校門の前には人だかりができていた。

マスコミか? いや、生徒たちだ。

彼らは俺を見つけると、一斉に道を空けた。

まるで、モーゼが海を割るかのように。


「……おはよう」


俺は努めて平静を装い、小さな声で挨拶をして通り過ぎようとした。

その時だった。


「おはようございます、黒峰君!」


鈴を転がすような、凛とした声が響いた。

全校生徒の視線が、声の主へと集まる。

そこには、朝日に輝く銀髪をなびかせた、学園のアイドル・天道ヒカリが立っていた。


彼女は優雅な所作で俺に歩み寄ると、驚くべき行動に出た。

俺の手を、両手でぎゅっと握りしめたのだ。


「え、あ、あの……天道さん?」


俺が狼狽えていると、彼女はとびきりの笑顔で、爆弾発言を投下した。


「動画、見ました! 私、感動しちゃって……よかったら今日、私と一緒にランチでもどうですか? これからのことについて、じっくりお話ししたいんです!」


校門周辺が、静まり返った。

あの大人気の天道ヒカリが、男子生徒の手を握って、デート(?)に誘っている。

男子生徒たちの殺気と、女子生徒たちの黄色い悲鳴が入り混じるカオスな空間。


俺は天を仰いだ。

同接1人だったはずの配信が、100万人に膨れ上がり、そして今、学園トップ美少女とのフラグまで立ってしまった。


平穏な高校生活よ、さようなら。

激動の「ざまぁ」&「無双」ライフが、ここから本格的に始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る