第4話 魔術学院
400年前、レベル4はザラにいた水準だ。シグルドの作ったホムンクルスにして師匠もシグルド。それがクリスだ。これでも本気には程遠く、部屋の中で見せられる程度のものを選んだのだろう。幼い頃からずっと一緒だった弟が、実はホムンクルスで、比肩しうるほどのものがちょっと見当たらないレベルの力を持っていたなんて。
それでもその事実を素直に受けれてしまうのは400年前の自分を思い出したからだ。当時、このくらいはザラにいた。魔法の可能性は今よりもっと偉大だった。
ホムンクルスだからなんだって?この子は今日もかわいい、私のおとうと。
ところであの男、時代に合わない、とか私に対し去り際に言ってなかったか。こんな魔法を教えて。過分な力を持ち過ぎたものを作って。
抑えようとしてもため息がこぼれる。
クリスには姉の反応が意外だった。腰を抜かすかと思っていた。まるで平凡なものをわざわざ見せられたかとでも言うような薄い反応。
驚愕を通り越し、なんだか怒りさえわいてくる。
「姉さんは、王学で学んでいる割には何も知らないんだね。ああ、そっか。魔法に関する単位は全部“可“だっけか」
王学とは王立王都子弟学院の通称だ。
「え?ああ、ごめんなさい。確かに姉さん、魔法が苦手で……」
優しい姉の申し訳なさそうな表情。
うう、屈辱だ。どうしてこんな目に……。
せっかくすごい魔法を見せてびっくりさせてやろうと思ったのに、それどころか気を遣われてしまった。
さすがにクリスは少しへこんでしまった。師匠はもういない。技能は自分で伸ばすしかないのだ。この後クリスは一層技能の修練に時間を注ぐようになった。
剣と魔法は実践。目くらまし魔法はレベル4。使える人間などほとんどいないだろう。大気の密度を操って光の屈折を操作する魔法だ。邸宅を抜け出すと「深霧の森」に入る。
魔獣たちの住処だ。底に生息するキング・オージュールは深霧の森の王。ヒグマのようなランクAの巨大モンスターだ。ランクAの上はにSのみ。ランクSの定義は龍種。
龍種を除く最強のモンスターがランクAだ。冒険者ギルドの基準では1対1で勝てる冒険者はいないとされる。ランクAモンスターの討伐は最難関難度で、通常は騎士団、軍隊の役目になる。
「真・円舞斬」
薄れゆく記憶の中、セドリックが脳天から股間まで真っ二つにされた技。名前は勝手につけた。円舞斬より速く、威力も優れていたから真なのだ。
セバリスは強かった。
◇◇◇
あの日の記憶。カーター領の城に侵入し、敵に倒されたあの瞬間。目の前が血に染まり、死を意識した時、目の前に彼は立った。見慣れたセバリスの背中。混濁する意識の片隅に二人の会話が聞こえた。
「あなたがセドリックさまですね。うちの執事見習いがご迷惑をお掛けしました。ああ、謝罪よりお礼を先に言うべきか。世話になったお礼をな」
「俺を死神セドリックと知ってその余裕か?ふふ、無知とは怖いものだな」
「ああ。確かに知らなかったけど、今見たぞ。あのスローでヨレヨレの剣が円舞斬だろ?他に何かあるか?とっておきが。無いならもう死ね」
そしてセドリックが縦に真っ二つになったのだ。その剣は抜いた瞬間、セドリックを両断していた。セドリックは死んだことに気づいていなかったかもしれない。
「キング・オージュールよ。他に技はあるか?無いなら今すぐあの世へ旅立つが良い。真・円舞斬!」
ランクAのモンスターの首が落ちた。ついにAランクを狩った。初めての経験だ。
魔剣「蜉蝣」。死んだセドリックの愛刀を引き継いだのだ。オズボーンとの戦闘で功績を上げたセドリックに帝国が下賜した魔剣だ。ただ、この剣と引き換えにセドリックは魂を帝国に売ったともいわれるが、真偽はもう分からない。
透けて見えるのではないかというくらいに薄く薄く鍛えた刀身。転がったモンスターの頭を見る。自分はいま何をしたのだろう。英雄のマネごとか。罪のない生き物を虐殺したに過ぎないのではないか。
情けなさがこみ上げた。こんな稽古で上達した剣はろくなものにならない気がする。邪道の剣、非道と無情の虐殺剣。風を受けて薄い刀身が小刻みに揺れ、唸り声のような音が鳴る。今殺したモンスターかそれともセドリックか、無念の思いが風に溶け、その風が声をなしたかのように。
ソフィは王都に戻る前、父である公爵に一つ頼みごとをした。それは今年の秋、新年度からクリスを王立王都子弟学院、通称王学に入学させることだった。公爵は難色を示したが強く頼み込んだ。
クリスは世界と自分の差を自覚する必要がある。正しく知ればあの力を正しく使うことが出来るかもしれない。公爵はともかくも本人に意見を聞いて、その意見を尊重したいと言ったが、当の本人は大喜びだ。
同世代を打ち負かせば姉も正しく認識できるだろう。失望されることも無いのだ。クリスは魔力を感じることができるので相手の力を推し量ることができる。セバリスは圧倒的に強く、他の大人は大したことが無い。姉も大したこと無い。ずっとそう思っていた。それはそう思わされてだけだった。しかし依然として彼女は力を隠そうとしている。
自分が同世代に遅れをとることは無い。クリスは既に確信しており、入学申し込みの手続きがなされることになる。
◇◇◇
魔法学術都市アヴァロン。大陸最古の魔法大学を持つ古き魔法の都。
山峯の青と緑に視界が染まる自然豊かな風景に、木造建築と石造が混在している。高い尖塔が遠くの山峰にマッチし、素朴ながら力強い石造りの基礎に柔らかな雰囲気の木造の壁。窓には三つ葉を象ったトレフォイルの装飾。凝った意匠のドア。ツタが絡みついているような彫刻に、釘やねじを一切使用しない木組みのウルネス様式の町並みは霧に霞む幻想の風景。聖女信仰が残る古都だ。
この都市に残る伝説では魔王を倒したのは勇者ではなく聖女だ。命と引き換えに魔王と相討ちになった。だから勇者マルスたちと違って聖女の話は魔王討伐の後には一切出てこない。だってその時にはもう死んでいたのだから。
他の都市には見られる勇者像も無く、代わりに大きな聖女像が中央広場にそびえる。
この都市で一番有名な人物も魔法に関係する。魔術学院学院長にして大魔女の異名を持つアレクシアだ。高齢だが今も大陸最強の魔法使いと称される。
20年前、魔獣たちが一斉に荒れ狂う現象であるグランドクロススタンピードをたった一人で阻止した逸話が有名だ。
学院長室に生徒が報告に来ていた。王都で行われた交流会の報告だ。毎年この時期に王都の名門三大学が集まって腕を競い、親睦を深める交流会だ。
魔法使いを目指す生徒が入学する王国最古の学校アヴァロン魔術学院、通称魔学。騎士団の身内が将来騎士を目指す王立武官師範大学、通称武大。そして王族の代々が入学し、そのため貴族が多く王都にある王立王都子弟学院の三大学だ。
魔術と武技の二科目で日頃の鍛錬、研究成果を競う。魔術学院は例年武技で3位、魔術で1位だ。例年同様であるものの、数年前までは王学もそれなり魔術で魔学に対抗できたのだ。
その理由として魔術の素養や魔力は平民と比較し貴族ほどより良く持っているからだ。かつて貴族の独占であった魔術を平民にも学べる場として小さな規模で最初の魔学が設立された。それは人魔戦争時の人手不足が原因だったのだが。
それはともかくここ数年は差が広がる一方だ。その原因が学院長に報告を行っている生徒会幹事メリッサだ。来年は生徒会長になるだろう。彼女は3年連続で交流会に出場し、無敗だ。際立った力を持つ。
「そう。王学にももう少し頑張ってもらわないと張り合いがないわね」
アレクシアの声にメリッサが相槌を打つ。
「はい。あの程度なら学院内の下級生のほうが遥かに強いです。たとえば……」
誰の名前を上げるか、聞くまでも無いことだった。王国の大魔女のひ孫にして幼少時よりアヴァロンの魔女の異名を持つ少女。
彼女の才能は幼少時から顕著だった。ある日、動けない猫を拾ってきた彼女はかいがいしく世話をした。その猫は世話の甲斐もあって元気になったが、麻痺していた。彼女は祈った。麻痺が治るようにと。
それは生まれつきのものなのだ。治るとかではない。だが、子猫は元気に動き回った。少女はその時から左足の足首から先が動かなくなってしまったが、彼女は感謝していた。
アレクシアは思った。アウレリアが使ったと言う神聖魔法だと。神聖魔法は回復以外にさまざまな奇跡を起こす。男性が使えたことは無いとされる。それゆえ神聖魔法を使える魔法職を聖女と言う。
テオドラは左側面のブロンドの髪を一条だけ三つ編みにしている。とても似合っている。左側から見て良くないところがあるから、その左側にもいいところを。脚の麻痺にめげる様子は彼女には無かった。
聖女は現在もういない。神聖魔法の知識も残っていない。アレクシアの生涯の研究テーマではあったが、何もわからないのだ。でもひ孫にはきっとその力がある。恐ろしいほどの魔力量。慈愛の心。400年前のアウレリアの再来に違いない。
「例えば……テオドラ・ブルーバード」
学院内の代表決定戦でメリッサを打ち破った下級生。そして学院長の指示によって代表にはなれなかった少女。
「学院長、あなたのひ孫。どうしてテオドラを代表にしなかったのですか……」
「あの子は身体が……。何度も言ったでしょう」
そう。自分は代表決定の模擬戦で身体の不自由な少女に手加減されて負けたのだ。手加減されている間に全てを出した。全て出した上で何一つ通用しなかった。
「分かっています……」
涙が出た。泣いた。
テオドラを除けばこの10年でも学院最強の魔女、メリッサは泣いた。
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