第7話「神の舌と、皇帝の独占欲」

 リオの料理がなぜ聖獣グリフォンを回復させ、そして自分の心までも癒すのか。

 アレスはその不思議な力の正体を突き止めるため、宮廷に仕える魔術師や古代文献を研究する学者たちに極秘の調査を命じていた。偶然やまぐれなどではない。そこには必ず何か特別な理由があるはずだと、彼は確信していた。

 調査は難航を極めたが、数週間後、一人の老学者が興奮した様子でアレスの元を訪れた。

「陛下! 見つけましたぞ!」

 老学者が震える手で広げたのは、数百年前に記されたというひどく古びた羊皮紙の文献だった。そこに書かれていたのは、ある伝説的なスキルに関する記述。


「【神の舌……?」


 アレスは文献に記されたその文字を訝しげにつぶやいた。

「はい。数百年前に歴史上たった一人だけ存在したとされる伝説のスキルです。その持ち主は食材が持つ本来の力を、神の領域まで最大限に引き出すことができたと記されております」

 学者の説明はにわかには信じがたいものだった。

「そのスキルを持つ者が作った料理を口にした者は、生命力や魔力が増幅されいかなる病や呪いも癒された、と……。まさに神の奇跡と呼ぶべき力です」

 報告を聞きながらアレスの脳裏には、リオが作ったあの素朴な野菜スープが浮かんでいた。ありふれた食材で作られたただのスープ。だがその一杯が帝国中の誰もが諦めかけていた聖獣を奇跡的に回復させたのだ。そして政務に疲弊しきっていた自分の体も、彼の料理が癒してくれたのは紛れもない事実だ。


「このスキルを持つ者は無意識のうちに力を使うという。本人はただ心を込めて料理をしているだけ、と感じるらしい」

 学者の言葉はリオがいつも口にしていた言葉と、不思議なほど一致していた。

「陛下、もしやそのリオ殿が……?」

「……ああ」

 アレスは静かに頷いた。間違いない。リオこそが数百年ぶりに現れた【神の舌】の持ち主。国をも左右しかねない、とんでもない至宝だったのだ。

 アレスは報告を終えた学者を下がらせると、一人執務室で思考を巡らせた。

 リオがただの心優しい料理番ではないことは薄々気づいていた。しかしその力がこれほどまでに規格外のものだったとは。

 この事実が外部に漏れればどうなるか。彼を欲しがる国や組織がどんな手を使ってでも奪いに来るだろう。前の王国のように彼の価値を理解せずに切り捨てる愚かな者ばかりではない。彼の力を利用しようと企む輩が必ず現れる。

 そう考えた瞬間、アレスの胸にかつてないほど激しい感情が湧き上がった。

 ――誰にも渡したくない。

 この力もその優しさもはにかんだような笑顔も、すべて自分だけのものにしたい。

 それは皇帝として国宝を守るという義務感とは違う、もっと個人的で身勝手な欲望。燃え上がるような激しい独占欲だった。


 その夜、アレスはリオを自室に呼び出した。夜食を運んできたわけではない正式な呼び出しに、リオは緊張した面持ちで彼の前に立っていた。

「リオ。君に伝えなければならないことがある」

 アレスは調査の結果を言葉を選びながら慎重にリオに告げた。【神の舌】というスキルのこと。食材の力を引き出し、食べた者の生命力を増幅させる神のような力のこと。

 話を聞き終えたリオの顔からは血の気が引いていた。美しいアメジスト色の瞳が、信じられないというように大きく見開かれている。

「そん……な、俺なんかにそんな大それた力が……?」

 か細い声が静かな部屋に震えた。

 喜びや驚きではない。彼の表情に浮かんでいたのは純粋な混乱と、そして恐怖だった。

「だって俺はずっと無価値だと思って生きてきたんです。魔力もなくて何の取り柄もなくて……だから追放された時も仕方ないんだって……」

 自分の価値を信じられないリオにとってその力は祝福ではなく、身に余る重荷でしかなかった。そのあまりにも強大な力の存在が、かえって彼を孤独にしていく。

「そんなすごい力が、どうして俺なんかに……」

 力の重さに押しつぶされそうになり、その場に崩れ落ちそうになるリオの体をアレスは力強く抱きしめた。

「君が無価値などと、二度と言うな」

 耳元で囁かれた低く、そして優しい声。

「君は君が思っている以上に、ずっと価値のある人間だ。その力は君の優しさそのものだ。だから何も恐れることはない」

 アレスの温かい胸の中でリオはただ自分の心臓の音を聞いていた。皇帝の言葉は嬉しい。けれど自分の内にあるという信じがたいほどの力に、心も体もついていかなかった。

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