第3話「料理番の誕生と、見えない嫉妬の炎」
あの日俺のスープを飲んでから、聖獣グリフォンの体調は嘘のように回復していった。
翌日にはおかわりをねだるようになり、三日も経つ頃には力なく垂れていた翼を大きく広げてみせるまでになった。失われていた毛並みには日に日に艶が戻り、虚ろだった瞳は伝説の聖獣にふさわしい気高く力強い輝きを取り戻していく。
俺は毎日グリフォンのために料理を作った。野菜スープはもちろん、柔らかく煮込んだ鶏肉の粥、ほんのり甘いカボチャのポタージュ。どれも孤児院で食べたことのあるような素朴な温かい料理ばかりだ。それでもグリフォンは、まるで世界で一番のご馳走だとでもいうように毎日綺麗に皿を空にしてくれた。
「信じられん……」
グリフォンが元気にご飯を食べる姿を眺めながら、アレス様がぽつりとつぶやいた。彼の冷たい瞳には初めて見る驚きと、そして強い興味の色が浮かんでいる。
「君の料理には何か特別な力でもあるのか?」
「いえ、そんなことは……。俺の料理はただの家庭料理です。特別なことなんて何もありません」
俺は慌てて首を横に振った。本当に何も特別なことはしていないのだ。ただ心を込めて丁寧に作っている。それだけだった。
アレスは俺の答えに納得したのかしていないのか、しばらく黙って何かを考え込んでいたが、やがて決意を固めたように顔を上げた。
「リオ。君を正式に我が国の聖獣付き料理番に任命する」
皇帝直々の思いがけない言葉だった。聖獣付き料理番。それは帝国の食を司る料理長と並ぶほどの、名誉ある地位だという。
「そ、そんな……! 俺にはもったいないです!」
「決定だ。君にはこの城に部屋を与えよう。必要なものは何でも揃える。だからこれからもグリフォンのために、君の料理を作ってほしい」
アレスの言葉は絶対だった。俺は恐縮し戸惑いながらも、その命令を受け入れるしかなかった。
味見係として追放され全てを失ったと思っていたのに。こんな俺でも誰かの役に立てる。必要とされる。その事実が胸の奥にじんわりと温かい光を灯してくれた。
***
しかし光が生まれれば、同時に影も生まれる。
俺が聖獣付きの料理番になったという話は瞬く間に城中に広まった。そしてその奇跡のような出来事を快く思わない者たちも当然いた。
「あのような平民の作るただの野菜クズが、なぜ聖獣様のお口に合うのだ……」
「きっと何か得体のしれない魔術でも使ったに違いない」
厨房に立つたびに帝国の料理長をはじめとする他の料理人たちの、嫉妬と疑念に満ちた囁き声が聞こえてくる。彼らは自分たちのプライドをどこの馬の骨とも分からない若者に傷つけられたのだ。俺が厨房に入るとそれまであった会話がぴたりと止み、冷たい視線が一斉に突き刺さる。
彼らの気持ちも分からないではなかった。俺自身、なぜグリフォンが俺の料理を食べてくれるのか、その理由が分からなかったのだから。
俺の料理はやっぱりただの家庭料理だ。特別な力なんてあるはずがない。もしかしたら本当に偶然だったのかもしれない。グリフォンがたまたま食欲を取り戻す時期だっただけなのかもしれない。
そう思うと急に不安が胸を締め付けた。周囲からの冷たい視線はその不安をさらに大きくしていく。
ある日のこと、俺は厨房でグリフォンのための鳥肉のパイを焼いていた。サクサクの生地の中にクリームで煮込んだ柔らかい肉と野菜がたっぷり入っている。これも孤児院のクリスマス会で一度だけ食べた思い出の味だ。
「おい、そこのお前」
背後から棘のある声がした。振り返ると恰幅のいい料理長が腕を組んで立っている。
「いつまでまぐれにあぐらをかいているつもりだ? 皇帝陛下と聖獣様をいつまでも騙し続けられると思うなよ」
「騙すなんて、そんなつもりは……」
「ふん。貴様のような素人の作るものが我々の料理より優れているなど、万が一にもありえん。すぐに化けの皮が剥がれることだろう」
そう吐き捨てると料理長は俺の作ったパイを蔑むように一瞥し、厨房の奥へと消えていった。
彼の言葉が重く心にのしかかる。自分が必要とされた喜びで少しだけ浮かれていた心が、冷水を浴びせられたように冷えていく。
俺はここにいて本当にいいのだろうか。
焼きあがったパイの香ばしい匂いが、なぜか少しだけ悲しい香りに感じられた。
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