78歳から始める異世界生活~固有スキル【年金】が魔物たちが全てひれ伏す最強幻視スキルだったんだが~
アガタ シノ
第1話 固有スキル【年金】
佐藤友三、七十八歳。
年金生活をして八年。妻が亡くなってから三年。
朝起きると、仏壇に手を合わせ、ニュースを見て、近所のスーパーをぐるりと一周する。そんな静かな日々を過ごしていた。
「……そういえば、今月の支給日、何日じゃったか」
カレンダーを見ても、年金の支給日がいまいち思い出せない。妻・千恵美が生きていた頃は、年金の支給日メモが冷蔵庫に貼られていたのに。
「あいつがおらんと、こういう細かいところがダメじゃのう……」
苦笑しながら、友三は年金事務所へ向かった。
バスに揺られ、窓の外の街路樹を眺める。七十八年生きてきて、老後に「年金事務所に行く」のが恒例行事になるとは思わなかった。
番号札を取り、呼ばれるのを待つ。やがて窓口の若い職員に呼ばれ、椅子に腰掛けた。
「では、佐藤様の支給スケジュールを確認いたしますね。ええと――」
返事を待つ間、急に胸の奥がざわついた。職員の声がが段々と遠くなる。
(な、なんじゃ。目の前が……?)
視界が滲み、ふわりと足元が浮く。
(……まさか?ついに、お迎えが来おったか……)
そのまま意識は闇に沈んだ。
◇
「――おお、目を覚ましたか」
聞き慣れない低い声が耳に染みる。友三はゆっくりと目を開いた。
そこは、病室でも介護施設でもなかった。頭上には見たことのない意匠のシャンデリア。石造りの天井、赤い絨毯。それに、甲冑姿の兵士たちが周りを取り囲んでいた。
(……なんじゃここは。ヨーロッパ? いや、しかしワシは年金事務所にいたはず)
眼前には冠をかぶった屈強な男。その両脇には背の高い神官風の男と、ローブをまとった初老が控えていた。
「ここはガルドリア王国の王城である」
ガルドリア?そんな国、この世界にあっただろうか…。
周囲の光景に圧倒され、頭がついていかない。
「わしは国王ガルドリア三世だ。……そなた、名は?」
突然、王様に名を聞かれても困るがこういう時こそ礼節が大事だ。
今まで積み上げてきた人生がそう教えてくれる。
「さ、佐藤友三と申します。日本国在住、今は年金生活者で――」
「ニホン? 聞いたことのない国名じゃな……」
国王が首をかしげる。隣の神官が、静かに口を開いた。
「陛下。おそらく異世界からの来訪者かと。魔法陣の反応が、先ほどまで続いておりました」
「異世界……?」
友三は思わず、天井を仰いだ。
(書店で見たことがあるわい……!異世界転移とか、ああいう若い者向けのやつか)
「ともかく、まずは“鑑定”してみましょう」
そう言って一歩前に出たのは、ローブ姿の初老だった。白髪混じりの髪を後ろで束ね、丸い眼鏡をかけている。
「わしは教会付き鑑定士、バルナバと申します……うう、すいません。お見苦しいところを。ここのところ腰が痛くて」
そう言って腰に手を当てるバルナバは、どこにでもいる老人に見えた。その行動に、つい友三は労わる言葉をかけてしまう。
「腰ですか。冷やしたらいかんですよ。わしも長年の座り仕事でやられましたわい」
「おお、左様でございますか。私も最近、ずっと教会にいるもので腰と肩が痛むのですわ」
「あぁ、それは大変でしょう。ご自愛ください」
「いやぁ、お気遣い感謝します」
王の間にだけ老人会のような空気が流れ、若い騎士たちが微妙な顔をしている。
(いかんいかん。若人の時間を無駄にしているようじゃ)
友三は気を取り直し、胸を張った。
「それで、その……鑑定とやらをお願いしてもよろしいかな」
「はい。それでは、失礼して――」
バルナバが杖を掲げ、静かに呪文を唱え始める。淡い光が、友三の身体を包み込んだ。
「ふむ……ステータスは平均より少し低い。だが、これは……?」
するとバルナバの目が丸くなった。
「どうされましたかな」
「こ、これは……固有スキルをお持ちのようですぞ」
王の間がざわめいた。
「固有スキルだと?勇者や聖女と同じ、唯一無二の能力か……!」
国王が身を乗り出す。
「名は……
「
聞きなじみのある単語に、思わず聞き返した。
(年金?さっきまで年金事務所におったからか?)
バルナバは震える声で読み上げる。
「――固有スキル【年金】。『異世界転移元世界の年金受給権を保持し、その給付を受け続けるとともに、自身および対象に“老後の安寧”の幻視を与え、羨望と平和の感情で戦意を奪う』……とあります」
それまで黙っていた国王がたまらず口を挟んだ。
「ようわからんが……すごいのか?」
「すごいです!多分!」
神官が勢いよく頷いた。王の視線が友三を捉え、周囲からも羨望の眼差しが集まる。
「それでは友三。勇者としてパーティを組んで魔王討伐に――」
「いや、それはちと勘弁してほしいのですわ」
友三は慌てて手を振った。
「わしはもう七十八ですぞ。走ったら膝が笑う歳じゃ。足手まといになるのは目に見えとる」
「しかし、このスキルなら――」
「どこか辺境の、静かなところで、畑でもいじりながら余生を送りたいのです」
自然と出た言葉に、少しだけ胸の奥が痛んだ。千恵美がいたら、なんと言うだろうか。
(あなた、また勝手なことして……って怒るかもしれんな)
沈黙のあと、国王はふっと笑った。
「……よかろう。今は使われていない屋敷が郊外にある。畑もついておる。そこを貸そう。代わりに、いざという時だけ力を貸してくれ」
「老いぼれのわがままを聞いてくださって、感謝いたします」
こうして平穏な生活を手に入れたかに思えた友三だったが、のちにスキル【年金】の破格の威力を知ることになる。
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