ひととき
春山 隼也
ひととき
昼過ぎの陽射しが、カーテン越しに部屋を柔らかく照らしていた。
ゲーム機のホーム画面に、二人のアイコンが並んでいる。
「よし、今日こそは勝つからな」
悠真がコントローラーを握りしめると、隣で沙希が小さく笑った。
「また負けるくせに」
「言ったな……後悔させるぞ」
いつもの言い合い。
けれど、これは二人にとっての“日常の温度”だった。
対戦が始まれば、部屋には笑い声と叫び声が飛び交う。
沙希が勝てば「弱っ」と煽ってくるし、悠真が勝てば「今の運だから」と返される。
騒がしいのに、心地良い。
これが土曜日の午後の定番だった。
「ちょっと休憩しよ。喉乾いた」
「オッケー、冷蔵庫見てくるわ」
悠真が立ち上がると、ゲーム音が止んだ部屋に静けさが降りた。
沙希はソファにもたれ、コントローラーを膝に置く。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、部屋の空気がゆっくり流れていく。
「……こうして遊ぶのさ」
沙希がぽつりと言った。
「いつまで続くんだろうね」
その声は明るいのに、どこか遠い。
悠真は返事に困った。
冷蔵庫を探るふりをしながら、胸の奥がざらつく。
「大学とか行ったら、時間合わなくなるのかな」
沙希は笑っているのに、その笑顔はどこか頼りなかった。
悠真は缶ジュースを二つ手に取り、振り返る。
「……続くだろ」
とっさに出た言葉だった。
沙希が目を丸くして、少しだけ照れて笑った。
「そうだといいな」
その笑顔に、悠真はうまく言葉を返せなかった。
沈黙が落ちる。
けれど、気まずさとは違う。
ただ、胸の奥が少しざわついてくすぐったい。
「さ、続きやろ」
沙希が立ち上がると、ふんわり空気が戻った。
「今の流れで負けたら、一生言われそうだしな」
「言うよ?」
二人の声がまた部屋を満たす。
ほんの少し前の“静かな揺れ”が嘘みたいに。
でも、悠真の中では、
あの一瞬だけ差し込んだ“終わりの気配”が消えていなかった。
夕方。
ゲームを終え、外へ出ると空は茜色に染まっていた。
「また明日も遊ぼ」
沙希が軽く言う。
いつものように。
変わらない調子で。
「……もちろん」
その返事に、悠真は自分でも驚くほどの気持ちを込めてしまっていた。
沙希は気づいていない。
でも、悠真はそれでよかった。
この幸せなひとときが、これからもずっと続いてほしいと願っているから。
ひととき 春山 隼也 @kyomu_hy10
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