「誰が俺で、俺は誰だ」
那須茄子
「誰が俺で、俺は誰だ」
俺はふと鏡を覗き込んだ。
確かに俺はそこにいた。けれど、目の奥が他人のものだった。濁った視線が俺を見返す。知らないはずの誰かが、俺の顔を借りて、そこにいる。
こんなことは初めてだ。
それでも確かめたくて、俺は手を伸ばし、鏡の表面をそっと撫でる。ひんやりとした感触。いつもと変わらないはずの冷たさに安堵しかけた、その瞬間——ひびが走った。
何もしていないのに、音もなく鏡が細かくひび割れる。
心臓が妙に重くなる。
この俺は誰だ?
いや、向こうの俺こそ——誰だ?
その問いを口にする間もなく、鏡の向こうから手が伸びた。俺とまったく同じ指紋を持つ手。爪の形も、血管の浮き方も、俺のそれと寸分違わない。
俺は動けなかった。
気がつくと、俺は鏡の中にいた。
反射的に外へ出ようとするが、鏡の表面は冷たく、硬い。叩いても、叫んでも、声は向こうへ届かない。
『外の俺』は、ひび割れた鏡に向かって、笑う。
そして、『外の俺』は何事もなかったかのように生活を始めた。
俺はその様子を、ただ黙って見ていた。鏡の向こうから。
まるで、最初からずっと、こうだったかのように。
「誰が俺で、俺は誰だ」 那須茄子 @gggggggggg900
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます