第4話【ようこそ③】
「うぅ……なんでこんなことに……」
木製の椅子に座ったいるまは、思わず泣き言を呟いてしまう。うどんをすくう箸がとても重く感じる。
「ほらほら、全然進んでないよ~。あ、もしかしてうどん嫌いだった~? じゃ、この機会に好きになってね~」
器に盛られるゆでたてのうどん。ニコニコしているこむぎが悪魔に見えた。背中にさしている剣……「さいたまのねぎ」が、服越しに汗を吸ってじっとりと湿り気を帯びてくるのが分かる。
鍋3つ分……しかも、1人4人前……。単純計算で12人前だが、脳みそがうどんのこむぎのことだ。絶対その倍はある。ていうか、食った傍から絶対追加される。
(いるま目線)
こむぎ『ほらほらいるまく~ん。全然減ってないよぉ~。もしかして足りないの~? じゃあ追加しちゃうね~。うひひひひひ~』
はかた『こっちのラーメンも食べるば~い。うどんより味もあるし、美味いば~い。いっひひひひひひ~』
「わたし、何もしませんよ~」みたいな顔したうどん脳の悪魔と、とんこつ狂の悪魔め……!!
こっちのこともお構いなしに食わせようとするのは、もはや善意の元で行われるうどんのテロだ。これ以上この麺を摂取したら、こむぎみたいに脳みそまでうどんになっちまう。それだけは絶対に嫌だ! 朝も昼も夜も、うどん練ってうどん食って、またうどん練る人間になんてなりたくねえ! 俺はまだ、トンカツとかラーメンとか、美味いもん食いてえ!
「ん? 今ラーメンって言ったばい?」
(言ってねえよ! ていうかなんで俺の頭の中分かったんだよ!)
「うどんばっかじゃ飽きるばい。どれ、うちの特製とんこつラーメンも追加するばい!」
「追加すんなあああ!」
器に盛られるとんこつラーメン。いるまの絶叫が給食室に響き渡る。
「はかたちゃん、それじゃあわたしのいりこだしが麺に負けちゃうじゃん! 何やってんの!」
ぷんすこ怒り出すこむぎ。いるまは(もしかして助かったか……?)と期待を込める。人としてどうかと思うが、こむぎが「もー、味が変になっちゃったから、この器の分、捨てちゃうね」と言うのを期待する。とりあえず、まずはこのラーメンだかうどんだか分からなくなったものさえなんとかなれば、気持ちを切り替えて寸胴鍋に手を出せる――
「それなら、このとんこつスープも混ぜたらいいばい。これでうどんもラーメンも仲良しばい!」
「ないすあいであ~! はかたちゃんは天才だね!!」
(そうだった、こいつらバカだったああああ!!)
いるまは箸を持ったまま、ドン、と両手を机に叩きつける。
「わたしのうどんのいりこだしと、はかたちゃんのとんこつスープ。これはもう新商品だね! きっと名産品になるね!!」
(ならねーよバカ! 絶対ダメな組み合わせだろ! お前、目ん玉にもうどん詰め込んでんのかよ!?)
「名前は『ラーメンうどん』たい! 売り上げはうちが8、こむぎが2ばい!」
「そこは半々でしょ!? それに名前は『うどんラーメン』のほうが絶対いいよ~。こっちのほうが売れるよお~」
「ラーメンうどんたい!」
「うどんラーメン!」
(どうでもいいわ! 張り合うな!)
「……ということは、これに一枚噛めば私も有名に……? ちょっと失礼」
「ギャー!! 納豆を追加するんじゃねえええ!!」
いるまの脇から顔を出した茨城みとが、混ぜすぎて黒光りする納豆を器にドバっと流し入れる。
器の中は、うどん(いりこだし)、ラーメン(とんこつスープ)、納豆という最悪な組み合わせの過密地帯になり果てる。
「しかもくっせえ! 混ぜすぎなんだよ!」
「おめえ、食べ物に対してくせえとはなんだその言い草は! これが発酵食品のありがたみだっぺ! …………って、くっせ!! なんじゃこりゃ!!」
「自爆してんじゃねーか!!」
「うどんだのラーメンだの、どっちでもいいじゃない。どっちも同じ麺なんだから。それより同じ麺ならそばのほうが美味しいわ。ていうかこむぎ、おかわりないの?」
「は!? おかわり!?」
いるまの横に座る岩手わんこが、空になった寸胴鍋を割りばしで指し示す。
「わんこちゃん、相変わらずいい食べっぷりだねぇ~。もっと茹でるね~」
「早くして。おなかペコペコなの」
わんこはそう言うと、宮沢賢治の本を読み始める。
「あ、あの~。わんこさん、俺のこの、押し付けられたやつもその……わんこそばのノリで食ってくれませんかね……?」
「イヤよ。臭いもの」
「……」
「あと、私を呼ぶときは“先生”をつけなさい、ダサイタマ」
「は? なんで?」
「私と言えばわんこそばと宮沢賢治先生よ。つまり宮沢賢治様に先生とつけるということは、私にも先生をつけるということ! 偉大なる宮沢賢治様を敬愛するということは、この私をも敬愛するということ! つまりこの私が誰よりも敬われる存在と言っても過言ではないわ! ほら、
「いや過言だろ! 何言ってんだ!!」
思わずツッコみ、
(そうだった。そういえばこいつもバカだった……)
と、心の中でため息を吐く。
「……って、そんなこと考えてる場合じゃねえ。あと45分……できなきゃ生徒会クビになっちまう。せっかくここまで積み重ねてきた俺の地位が……」
「やめややめや! 話んならん! お好み焼きで勝負や! 戻るで!」
「望むところじゃ!」
はかたが開けた穴の向こうから、大阪なんばと広島もみじの声が聞こえる。
(や、やばい。このままだとあの二人のお好み焼きも食わされる……!)
自分の未来を察知し、いるまの心がさらに焦りに包まれる。
全力で拒否する体を動かし、プルプルと震える右手の箸をゆっくり口に近づけていく。
納豆が乗ったうどん……もといラーメンを、一口――。
「うっぐ……!」
咄嗟に口に手を当て、吐き出しそうなのをこらえる。
(な、なんだこれ……! だしのしょっぱさととんこつスープの濃厚さの上に納豆の独特な粘り気が混ざって……こんなもん食いもんじゃねえ! 食べ物に対する冒涜だ!)
それでも、ゴクリ、となんとか飲み込む。胃の中で緊急アラートが鳴っている。失敗作というのもおこがましい。これはもはや拷問だ。うどん脳の人間ととんこつ脳の人間、あと納豆信者が生み出した兵器だ。地元の名産品という名の強制給仕だ……!!
「釜玉♪ ぶっかけ♪ しっぽくうどん~♪」
こむぎはご機嫌な様子でまたうどんを茹でている。まるで、死刑執行人が罪人の首をはねる斧を手入れしているかのようだ。いるまは、背筋が凍り付くのを感じる。
(……ん?)
ふと、いるまは給食室の壁に汚い張り紙があることに気づいた。それにはこう書かれている。
『栃木餃子は日本一なり。
我に『餃子しかないよね』と言った者、かんぴょう巻きにして監禁する。これを肝に銘じて行動すること。
繰り返す、栃木餃子は日本一なり。栃木餃子は日本一なり』
(……この学園にはアホしかいないのか……?)
その張り紙に、いるまは心の中でツッコむ。
「なーんかいい匂い! しかちゃんもまーぜて!」
その時、ガラガラガラと扉を開けて、小柄な女の子が入ってきた。デフォルメされた鹿の角が生えたカチューシャを頭につけている。
(しめた! アホの代表だ!)
いるまの目が光る!
「おい! これ食ったら鹿せんべいやるよ!」
「え! ほんとにー!?」
女の子……奈良しかは、目をキラキラさせているまに駆け寄る。
「えへへ~。何を食べさせてくれるのかな~。おやつの時間だし、きっとおいしいものだろーな~!」
ワクワクしながらいるまの横に座るしかちゃん。そこへ、混沌とした器をスッと差し出す。
「…………(´・ω・`)」
しかちゃんは一瞬で↑のような顔になった。
「あ。しかちゃんいらっしゃ~い。今日はみんなが来てくれてうれしいな~。てことで、いるまくんのおかわりはこれね、釜玉! 6玉あるから、ぜーんぶ食べてね!」
「うちのとんこつラーメンも食べるばい! これで生徒会にも顔が売れるばい!」
ドン、と目の前に置かれるうどん(6玉分)と、追加されたとんこつラーメン。
「いっ……!」
いるまは心の底から、こう叫んだ。
「いらねええええ!!」
津々浦々! 日乃本学園! ハギヅキ ヱリカ @hagizuki_wanwan
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