第3話【ようこそ②――逃走成功?】

「はぁ~……。何とか逃げ切れた、かな……?」


 給食室から離れた愛媛みかんは、ほっと息を吐いて額の汗をぬぐう。


「こむぎのうどん攻撃は一回捕まるとなかなか逃げれんけんね。久しぶりに会ったおばあちゃんなみに食わしてくるし、脳みそまでうどんになるよ」


 ぶつぶつと独り言を話すみかん。


「……っと、マイク持ってきちゃった。あとで生徒会室に置いとったらええよね」


 右手に持ったマイクを見つめてつぶやく。


「あれ。みかんちゃん。マイクなんか持ってどうしたの?」


 そこで、みかんに声をかけてきた人物がいた。

 頭に布を被った、大人しそうな女の子だ。ゆったりとした服から延びるのは、最低限の露出をした手足。腰に下げているのは小さな水筒。今から砂漠越えでもするのかという格好だ。


「すなちゃん」

 

 みかんは足を止める。

 

 話しかけてきたのは、鳥取すな。身長は180センチ。コーヒーを作るのが得意だ。


「ちょっと聞いてや~。さっきさ、いるまくんの手伝いで、この学園の魅力を伝えるっていう動画の撮影しよったんやけど、こむぎのうどん攻撃に巻き込まれそうになってね~。逃げてきたとこなんよ」

「そうなんだ~。それは大変だったね」

「すなちゃんの所は、コーヒーと砂しかないでしょ~?」


 ちょっと意地悪そうに言うみかん。


「そっ、そんなこと…………」


 と言いかけて、すなは考え込む素振りをした。


 1分後。


「…………」


 すなはまだ考えている。


 3分後。


「…………」


 すなはまだ考えている

 みかんは気まずい。


 5分後。


「…………あの、すなちゃん?」


 みかんが耐えられず口を開いた。


「……うん、たくさんたくさん考えてみたんだけど……コーヒーと砂しかなかった……」

「な、なんかごめん……」


 しょぼん、と肩を落とすすなに、みかんは謝罪の言葉を投げた。


「……あ、みかんちゃんと……すなちゃん」


 と、異国風の格好をした女の子が二人に声をかける。深い紫色の長い髪と、ぼーっとした瞳が、物静かでミステリアスな雰囲気をさらに強めている。


「ランたん。今日は中庭じゃなくて校舎におるんやね。珍しいね」

「お外でカステラ食べようと思ったんだけど……ちょっと寒かったから……」


 女の子……長崎らんたんは、風に消え入りそうな声でそう返す。


「二人とも、一緒にカステラ食べる……?」

「あ、ごめんね。私、けんろくおじいちゃんにコーヒー淹れに行かなきゃ」

「私もごめん。一時間前にもこむぎにうどん食わされて、今おなかいっぱいなんよね」

「そうなんだ。カステラ、食べる? おいしいよ……」

「え、ええっと…………」


 顔を見合わせるすなとみかん。


(そういえばこの学園には、地元の食べ物を押し付ける奴が、こむぎ以外にもおったっけ…………)


 みかんの背中に冷や汗が流れる。チラッと隣を見ると、すなもそのことを思い出したようで、引きつった顔を浮かべている。


「ザラメがついてるやつと、ついてないやつ、どっちが好き……? 私のおすすめは、両方かな……」


 うどんの圧からは逃げられたみかんだったが、今度はカステラの圧に捕まってしまったのであった……。

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