第2話【ようこそ!②】

「……カーット! ちょっとちょっと、ちゃんとやれって~!」

『いや、で…………(持っているマイクに気づき、口元から離す)というか、この学園の魅力を伝える動画を作るって聞いたけど、なんで私が案内役なん?」


 不服そうに眉をしかめる愛媛みかん。

 格好は袴にブーツ。髪にミカンの髪飾りをつけている。口癖は「うちのとこは道後温泉とミカンジュースだけやないよ!?」


「生徒会でやればええんやないん? 明らかにうちらがやることやないやろ。それこそ生徒会長がやれば~?」

「文句ばっかり言うなって。東京様はお前らと違って忙しいんだから」

「忙しい、ねぇ~……。東京くんにくっついとる君は、いっつも生徒会室で見かけるけど? ていうか、仕事押し付けられとるだけやろ。裏庭の草抜きとか、壁の色塗りとかいっつもやりよるけどさ」

「それが生徒会での俺の仕事なんだよ。庶務ってのは雑用係みたいなもんなの」

「へぇ~。命令されたらゴミ拾いでも靴磨きでもするってわけなん?」

「当たり前だろ。俺にとっちゃ、東京様は雲の上の存在だ。そんな東京様の踏み台になれるのなら、それは俺にとって何よりの誇りなんだな!」


 へへっ、と照れ臭そうに鼻をこする少年は、生徒会庶務の埼玉いるま。

 東京に「君は地味だよね」とバカにされても「その通りっす~。ダサイタマです~」とヘラヘラするが、栃木や群馬、鳥取などに同じことを言われると「お前らのほうがダサイだろーが!」とキレる。

 なぜか背中に伝説の剣『さいたまのねぎ』を帯刀している。切れ味は「ぐんにゃり」らしい。


「……」


 そんないるまくんを、みかんは(可哀想な子だなぁ……)という目で見つめていた。


「とにかく、今日中になんとか動画の素材を集めなきゃいけないんだから、チャチャッとやってくれよ。ほら、カメラ回すぞ」

「え~。まだやるん~? もう何十回もやりよるやん~」

「暇そうにしてたのが悪いんだろ」

「暇そうじゃなくって、坊ちゃん列車の向きが変わるまで待ってたんよ!」


 ぷんすこ怒りながら地団太を踏むみかん。

 そこで。


 ガラガラガラ……と給食室の扉が開いて。


「あ、みかんちゃんといるまくんだ~。うどん茹でたんだけど、一緒に食べな~い?」


 ほんわかした雰囲気の少女……香川こむぎが出てきた。給食係のような格好で、小麦色の髪を二本の三つ編みにして垂らしている。


「こ、こむぎ……あんたのうどん、一時間前にも食わされたんやけど……」

「うん。これはおやつのうどん。うどん、食べるよね?」

「ま、まだ、おなかすいてな……」

「一人4人前だよ。いるまくんの所はうどん屋さんないもんね。鍋ごと出してあげるね」

「なめんな! うどん屋ぐらいあるわ!」


「…………」


 みかんはダラダラと汗を流し、どう逃げようかと目を泳がせる。その時……


 ぴっしりとスーツを着た眼鏡の青年が向こう側から歩いてきた!


「あっ! こむぎ、生徒会長のスカイくんがお疲れみたいやけん、う、うどん食べさせてあげたらどうかな!?」


 これだーー!とばかりに、みかんは、青年……生徒会長の東京スカイを指さす。いきなり声をかけられ、「は?」と間抜けな声を出すスカイ。


「じゃあ私はこれで! お疲れ様です生徒会長~!!」


 スカイの横を通り、みかんは脱兎のごとく走り去っていった。


「あいつ逃げやがった……!!」

「……いるまくん。これは一体どういう状況ですか? 宣伝用の動画はできたんでしょうね」

「せ、生徒会長! い、いやそのこれはですねあのぅ……」

「それよりも、なんですかこのにおいは。とんこつラーメンと、うどんの茹で汁と……納豆? あとお好み焼きのにおいもしますが…………う、明け方の居酒屋通りのようなにおいだ……」


 スカイは顔をしかめながら服の袖で鼻を覆う。


「バリ柔♪ やわめ♪ 普通麺~♪ ……ん?」


 プ~ン(ハエが飛ぶ音)


 ハエくん<いい匂いだな~。こんにちは~


「虫けらがぁあ! うちのとんこつラーメンに向かってくるとは良い度胸ばい!」


 スチャッ!(カバンからロケットランチャーを取り出す)


 ハエくん<え?


 カチッと引き金を引く。

 瞬間、横からの巨大な光に包まれるハエくん。給食室に轟音が響き渡る!


「虫けらに食わすラーメンはなか!」


 口から煙を上げるロケットランチャーを放り投げ、福岡はかたは決めゼリフを言い放つ。


「どれどれ…………」


 そして鍋からすくった汁を小皿に移して一口飲み……


「うーん、いい感じばい! うひ、うひひひ……やっぱこればい! この匂い、たまんねぇ~!!」


 とても人に見せられないような顔を浮かべる。


 給食室の壁に空いた巨大な穴。パラパラと破片が落ちる向こうでは……


「あと一回アウトでお前の負けじゃ! 土下座してうちのとこのお好み焼きが最強と認めるんじゃな!」

「アホなことぬかすなや! さっさと投げんかい! ……って痛いわボケぇ! どこ見とんねん、腕に当たったぞ!」

「なんじゃ乱闘かぁ!? 言いがかりはやめるんじゃの。お前の構えがヘタなだけじゃろ」

「上等やないか! アンタが投げるんヘタなだけやろ!!」

「なんじゃとぉ!?」

「あぁん!?」


 広島もみじと大阪なんばが校庭で顔を突き合わせている。


「……いるまくん」

「は、はひゃい!?」


 急に名前を呼ばれ、いるまはビクッと体をこわばらせる。何を言われるのだろうかと、心臓がドクドクと早鐘を打つ。


「……先月は、九州クラスの壁にも穴が開きましたよね?」

「えっ? ええ……そ、そうですね……」

「先月に続き、今度は給食室ですか。また修繕費がかかりますね」

「そ、そうですね……」

「一刻も早く工事をしたいので、いるまくん、中にいる人たちを全員追い出してもらえますか?」

「え。で、でもほら、何か作ってるようなんですが……」

「あなたが全部食べてあげたらいいでしょう? それなら早く片付いて、早く出て行ってくれるはずです」

「え……?」

「それに、今の時間は給食室は使用禁止です。どちらにせよ、中にいる人たちには出て行ってもらわなければいけません」

「えーっと……それは分かりますが、穴の周りの規制だけでいいんじゃ……」

「さっさとやれ、ダサイタマ。一時間以内にできなかったら、お前生徒会クビ」

「………………ハイ」


 自分を見下ろす東京様の視線は、恐ろしく冷え切っていた。いるまは、ヘビに睨まれたカエルの気持ちを理解し、無謀な命令に頷くことしかできなかった……。


「では皆さん。僕はこのあたりで失礼します。あとはこの埼玉くんになんでも言ってくださいね。それじゃ」


 スカイはいつものようにニッコリと作り笑顔を浮かべると、スタスタ歩き去っていく。

 

「じゃ、とりあえず、最初はぶっかけでいいよね~? 鍋3つ分も茹でちゃったから、いっぱい食べてね~」


 青ざめるいるまに、こむぎが容赦なく追い打ちをかけた。

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