第13話①

「――早く早く! カツヲちゃん、置いてくよ! しちょーかくしつって、テレビあったよね!?」

「みかん、そんなに着物を引っ張るな! あと『を』の発音は『WO』じゃなくて『O』やきね!?」


 廊下から聞こえる少女たちの声と、バタバタ走ってくる三人分の足音。


「…………うん?」


 宿直室のソファで寝こけていたいるまは、その音で目を覚ました。寝ぼけまなこをこすりながら体を起こす。その拍子に、自分の上にかけられていた、誰かの服がずれ落ちる。


「学校のアプリでライブ配信始まっとったけんなんかと思ったら、記者会見って! ゆきちゃんたち、なんしたんやろね!? ……って、すだちちゃん、置いてくよ!」

「……はあ、はあ……。ご、ごめん二人とも……。私、もうムリ……歩けない……。さ、先に行ってて……」

「ええー!? 廊下の半分も歩いてないのにダウン!?」

「阿波踊りだったら永遠でも歩けるけど……ただ歩くだけっていうのは、ちょっとムリ……。私……外で踊ってから、四国クラスに戻ってるから……あとで何があったか、教えて、ね……………………チャンカチャンカ……」

「ウワー! フラフラしながら踊り始めた! 超コワイんやけど!!」

「ほっとけ! 近寄ったらお前もあんなになるぞ!」

「こ、この阿波踊り狂!! ……ワ~! 待ってよカツヲちゃ~ん!」


 二人分の足音が部屋の前を横切っていく。


「おい、起きろ、ヨコ」

「……うう~ん……。僕は器用貧乏じゃない……。僕は器用貧乏じゃない……」


 ソファの下で悪夢にうなされているよこはまに声をかける。毛布一つもかけられておらず、自分の体を抱きしめ、ぶるぶると寒さに震えている。


「……な、何が『冬の貴公子』だ。僕だって、スキーは得意なんだぞ……。はくばよりも、僕のほうが滑れるんだぞ……。サーフィンだって、しゅり君にキャラ負けしているが、僕だってそれなりにはでき……」

「何うなされてんだ。起きろ」

「い、痛い!? なな、何事だ!? またクマか!?」


 いるまがバシンと一発叩くと、寝ていたよこはまはガバッと起き上がり、慌ててあたりを見回した。


「…………て、ていうか僕も一緒にソファで寝ていたはずだが…………お前が床に落としたのか、いるま……」

「俺じゃねーよ。自分で落ちたんだろ」

「うう、さ、寒い……。僕を落とすわ、君だけ毛布をかけているわ…………アレ? 毛布というかそれ……誰かの服っぽいが」

「なんかこの服、どっかで見た気が……」

「サイズ的に女の子の物だな、それ……。じ、自分がモテていると見せつけているつもりか! 人たらしネギ! 女たらし! 元ヤンのくせに!!」

「元ヤンって言うなよバカ。殴るぞ」

「や、やっぱり暴力で解決するんだああ~!! 女にモテて! 知識もあって! ケンカもできて! 雑用もできるって! 属性マシマシじゃん!! 頼むから足が臭いとか欠点あってくれよ!! 僕のキャラがますます薄くなっちゃうじゃん!!」

「……また素が出てるぞブルーライト。とうとう寒さでアホになったのか?」


 ワンワン騒ぐよこはまにいるまは冷静にツッコむ。


「……ん? なんかこの服、蕎麦みたいな匂いが…………」

「蕎麦といえば……はくばだな。そば打ちが得意とか言って…………い、いるま、まさかお前、男と…………(引)」

「マジで殴るぞお前。……はくばが来てたんなら、お前にも毛布か何かかけるだろ」

「じゃあ、誰が君にその服を?」

「知らねーよ。うーん、女物で、蕎麦……」


 カーディガンを鼻に近づけ、くんくんと軽く匂いを嗅ぐ。うっすらと蕎麦粉の香りが鼻をつく。そこでいるまの脳に浮かんだのは……一人の少女の姿。いつも、図鑑並みに大きな本を抱えていて、ことあるごとに『宮沢賢治』がどうのこうのと言ってくる、あの少女――。


「そんなことよりも、何かあったから僕を起こしたんじゃないのか?」

「……あ? ああ……。そうだった。お前と漫才してる場合じゃねえ」


 いるまは、匂いを嗅いでいたそのカーディガンを、顔から離した。


「さっき、みかんたち四国組が騒ぎながら走っていったぞ。しちょーかくしつとか、テレビとか言ってたが……」

「しちょーかくしつ……視聴覚室だな。テレビならここの宿直室にもあるぞ。つけてみるか」

「ああ……」


 よこはまがテレビのリモコンを手に取る。いるまも、そっとかけられていたカーディガンをソファに置き、飲みかけだったお茶を口元に持って行く。よこはまがテレビの電源を入れた瞬間――



『これ! この写真! 担いでるのクマですよね!? つまり、クマを殺したってことですよねえ!?』


 さくらんぼ『ひ、ひええ~……! その通りです! ごめんなさい! ごめんなさ~い!!』



「ブ――――ッ!!!!」


 いるまは、口に含んだお茶を、盛大によこはまの顔面へと噴き出した。


「…………」


 ポタ、ポタ、とよこはまの顔から雫が垂れる。


「あ! あ! すまん……! タオルタオル……!」


 テレビの画面に映るのは、さながら記者会見のように囲まれているさくらんぼ、あいづ、まさむね、りんご、ゆき、なまはげ。カメラのフラッシュを浴びている彼女たちは、それぞれ『北海道当主 北海道ゆき』『秋田当主 秋田なまはげ』などの札を自分の前に置いている。


『何の罪もない動物を殺したんですか!? 見かけただけで!? かわいそうだとは思わないんですか!?』

『そーだそーだー!!』


 ***

 **

 *


 ~会見会場~


「何か言ってくださいよお~!」

「こちら夕日新聞です! 何か一言お願いします!」


 バシャバシャと明滅するカメラのフラッシュ。ごった返す記者たちの背後には……一台のドローンが浮いている。そのドローンには『日乃本学園』と書かれたシールが貼りつけられている。


 あいづ「……あれっていつの写真だべ?」

 まさむね「この前の、電気柵を設置した時にクマが出た日だな。給食室に穴が開いた日だ」(【6話】【日乃本学園――裏庭】参照)


 ……記者たちの声を無視し、のんきに会話するあいづとまさむね。


 まさむね「一応、あとで何か言われないために証拠としてカメラを持ってきたが……なかなか操作が難しいな」


 まさむねはゲームのコントローラーのようなものを握り、カチャカチャとぎこちなく動かしている。


 りんご「ΘΔ$$=??」

 まさむね「ああ。学園は一般人でも『分かる者』であれば一応は足を踏み入れられるからな。言ってみれば、きさらぎ駅のようなものだな。それで、入り込んで写真を撮っていたようだ」

 あいづ「とんだパパラッチだべや~」

 まさむね「まったくだ。……侵入者の気配にも気づかんとは、私は修行が足りんな。陸前りくぜん父さんに鍛え直してもらわねば……」

 あいづ「あー、あのヤクザのおとーさんだべ?」

 まさむね「言っておくがヤクザではない。黒髪オールバックでサングラスで、褐色肌に柄シャツと黒ズボンで、ヤクザ風なだけだ」

 あいづ(いやそれって、完全にインテリヤクザだべ……)


 記者たち「何か言ってくださいよ~! クマを殺すなんて、カワイソウじゃないですかー!」


 あいづ「不法侵入したくせに何言ってんだべ……」

 まさむね「まったくだな」


 ゆき「私たちはただ、生きるために殺しただけ。放っておいたら、ほかの皆の命が危ないわ……」


「そんなのは分からないでしょう!? 共存できる未来もあるかもしれないじゃないですか!」

「そーだそーだ!!」

「だいたい! この場所はなんなんですか!? 県の当主とは!? 説明をお願いしますよー!」


 ゆきが質問に答えるものの、記者たちの追及は止まらない……。


 ゆき「……」


 あいづ「ウチらは通ってる立場だから、ヘタなこと言えんべや」

 まさむね「そうだな。学園の代表は生徒会長だ。ここでヘタに説明すると、ほかのクラスにも飛び火する。我々は黙るしかないな」

 りんご「+**>*++?」

 まさむね「なに? ドローンのランプがついてる、だと? いや、私はそのまま持ってきて飛ばしているだけだが……」

 あいづ「まさか……。なあ、まさむね。あのドローン、前にウチらがクマを捌く時にライブ配信した設定のままいじってなければ……今のこの状況、学園アプリと学校のテレビに、リアルタイムで流れてるべや……」

 まさむね「……嘘だろう」

 あいづ「ドローンの赤ランプついてるから、マジだべや……」

 りんご「&%%*+~!」(ドローンに向かって手を振る)

 


「クマだって必死に生きているのに! そんな理由で命を奪うなんて、動物たちのことをなんだと思っているんですか! あの子たちだって必死に生きているのに……!」


 ――と、太った女性が声を上げた。ハンカチを片手にぐすぐすと涙ぐむ。

 首に巻いているのはキツネのマフラー。羽織っているのも、明らかに高そうな本物の動物の毛皮を使ったコート。そして全ての指には、鬱陶しいほどギラギラ光る指輪をはめ込んでいる。


 さくらんぼ「あ~もうほんっと! そのとおりですう~! すみません! すみませんでしたあ~!!」


 女性の言葉にも、さくらんぼだけがペコペコと頭を下げる。


 あいづ「……メンドクセ~人が出てきたべ。そんなに言うなら、あんたらが保護してやればいいべ」


「まぁ! なんてことを言うのかしら! 皆さん聞きました!? 私たちに自然の生態を壊せだなんて!」


 あいづ「うわ聞こえてた。……えー、いや、そこまでは言ってな……」


「動物たちはそれぞれ過ごす場所があるのよ!? それを……私たち人間が介入したら……壊すことになるじゃない!! ねえ!?」

「うんうん!!」

「そうだそうだ!!」


 ゆき「……」

 まさむね「まあ、実際その場所にいないと苦労は分からんからな」

 りんご「Γπ%$##~。πΞ=**+」

 まさむね「まったくだな、りんご。面倒臭いな。だが、全員の手足をちょん切って山に放り捨てるのはやりすぎだぞ」


 訛りを翻訳したまさむねが優しく諭す。するとそこで、ゆきの横に座っているなまはげがキュ、キュとペンをはしらせ――ドンッとボードを机に置いた。


『じゃあ次クマ見つけたらお前らの所に送るから、住所送ってこい』


 記者たち「……あ、いや、その……」


 ゆき「……クマ用の罠は貸してあげる。そんなに動物を大事に思っているのなら、当然……使い方も知ってるよね……?」


「……わ、罠なんてかわいそうだわ! それでケガでもして、死んじゃったら……」


 ゆき「じゃあ素手で捕まえれば? あなたが山に入るのを、クマたちは喜んで歓迎してくれるでしょうね……。私たちはクマなんてもう見慣れているけれど、あなたたちが山に入った時は、間違えて撃っちゃうかもしれない。ほら、クマと同じで手足が二本ずつだから」


「…………」


(一瞬で静まり返る会場……)


 ゆき「たとえあなたが山の中で倒れても、その体を食べて動物たちは冬を越せるわ。よかったわね。死んだ後も、大事に想う動物たちの役に立てるわよ……」


 ゆき「それに一撃で殺されるなんて滅多にないから、体の骨をボリボリかじられる音と、おなかをグチャグチャ掻きだされる音を聞きながら、動物園なんて比にならないほどの距離で、『これで冬を越せるよ、ありがとう』って言ってるクマの顔を拝めるわよ……」


「…………」


 ゆき「……ほかに質問は? ないなら、もう私たちは帰るから」


 ゆきはガタリとパイプ椅子から立ち上がる。ほかのみんなも、それぞれ席を立つ。


 ゆき「……ああ、そうそう。人間とクマを見間違えちゃうかもしれないって言ったけど……クマを殺すための銃で人間を撃つわけないじゃない……。弾だってタダじゃないんだし……。でも、山は危ないから、そういう事故は起きるかもね……。猟犬にイノシシと間違われて、噛みつかれる、とか……」


「…………」

(一部の記者たちの顔からサー……と血の気が引く)


 記者「つまりそれは、撃つということですかー!?」

 記者「殺人ですかー!?」


 ***

 **

 *




『おーぼーだー! おどしだー!』

『話はまだ終わってませんよ!』


(記者たちの声とカメラのフラッシュ)


 なまはげ(ボード)『( ´Д`)ノ~バイバイ』

 あいづ『朝っぱらからウチボリさんに叩き起こされたと思ったら、そのままプライベートジェットに押し込まれて東京送りにされるわ……。で、いざ着いたらカメラのフラッシュの雨だべや。ウチボリさんを無視して、家で赤べことウンウンしてるほうがゆ~いぎな時間だったべ』

 りんご『Ξφ! 〇ΞΓб±=ΤΣ!』

 まさむね『ああ。カメラのフラッシュを向けられるなど、有名人になったみたいだったな』

 なまはげ『せっかくだし、とうきょーかんこーしようよ。ひよこのおやつたべたい』

 ゆき『そうね……。せっかく東京まで来たんだし、少し歩いてから学校に行きましょう……』

 あいづ『連絡網で回してってウチボリさんに言われたけど、わんこには知らせなくてよかったべや。わんこがいたら絶対泣き出してたべ。とーきょーえき見て、お土産買ったらがっこー行くべ。昼飯に昨日のクマも捌くべや』

 まさむね『そうだな。ところで生徒会のいるま庶務、昨日はゆきが来るまでよく発煙筒で持ちこたえたものだ。意外と見込みがあるかもしれん。鍛えたら化けるかもな』

 あいづ『一緒に雪かきさせるべや。雪の重さは成長の重さ! だべや~!』

 りんご『=*@;;・・~♪』


 記者たち『あ、ちょっと!』

 記者たち『どこ行くんですか~!?』


(カメラのフラッシュバシャバシャ)

 

 さくらんぼ『すみませんすみません! しっかり言い聞かせておきますので!! すみませんすみません!!』


 ゆきが巨大な体をかがませて部屋を出ていき、その後ろになまはげ、あいづ、まさむね、りんご、ペコペコと頭を下げるさくらんぼが続く。まさむねが手元のコントローラーを動かすと画面が彼女たちに近づいていき……それを最後に、ブツリと暗転した。




「……あいつら、つえー……」


 何も映らなくなったテレビの画面の前で、いるまは思わず、そう呟いたのだった……。

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