クズスキルと罵られた『肯定』は、ポンコツドールの心を覚醒させるチートでした

蘭駆ひろまさ

第1章 クズスキルと灰色メイド 

第1話 転生した世界では

「おい、クズ。役立たずのお前が、残り物とはいえ俺と同じ物を食べられるんだ、ありがたく思えよ」


 での兄、ルドルフ兄さんの声が屋敷の食堂に響いた。


「ッ……?!」


 クズと呼ばれた僕、ユリオスの身体は、情けなくもびくりと震える。


 広い豪勢な食堂で、僕達は昼食を食べていた。

 ルドルフ兄さんそのとなりのカミリア母さんの前に並ぶのは、ふっくらとした焼きたてのパンに色とりどりの野菜、そして様々な種類の調味料を使って調理された肉料理の数々。

 でも僕の前に目を落とすと、前の日の残りの硬いパンと、2人の料理を作った余りの切れ端で作られた簡素なスープ。同じ母から生まれた血を分けた兄弟なのに、これが僕の日常だった。


「あ、ああ……うん」


 完全に気圧されてしまった僕は、そんな返事を返すことしか出来ない。


 ここはオルセリオ王国辺境の伯爵家――ロトヴァルド伯爵家の屋敷、その中にある食堂だ。貧乏伯爵などと揶揄されることもあるロトヴァルド伯爵家だけど、そこは腐っても伯爵家。そこに並ぶテーブルに椅子や食器はもちろん、部屋の隅に並ぶ調度品まで、の家具チェーン店などでは見たこともないような精巧な作りの逸品だ。


 テーブルの隅に座らされている僕、ユリオスはこのロトヴァルド伯爵家の三男。

 そしてテーブルの上座に部屋の主がごとく腕を組んでふんぞり返っているのが、次男であるルドルフ兄さんだ。背後に護衛ドールを立たせ、見下す様にこちらを嘲笑していた。


 ルドルフ兄さんは黒い短髪と茶色の瞳を持つ少年で、現在14歳。

 僕とは違って豪華な衣装に身を包み、腰には剣を差している。

 昔は剣の鍛錬なんかに励んでいた気がしたけど今はサボっているみたいで、その身体は少しぽっちゃり気味。まぁぽっちゃりはいいんだけど、金色の髪と茶色の瞳で線の細い僕とは、正直あんまり似ていない。


「ちっ、相変わらず辛気くさい顔しやがって」

「そうですよ! あなたのような無能者がルドルフちゃんの邪魔をすることはアタクシが許しませんよ! ああ、ルドルフちゃん、ママがあんな子を産んだばっかりに、ルドルフちゃんを不快にさせてごめんなさいね!」


 ルドルフ兄さんの横で同調して僕を罵倒したのが、ロトヴァルド伯爵夫人であるカミリア母さん。

 今年で36歳だったかな? 長い黒髪と茶色の瞳で身体付きが若干ぽっちゃりとしているので、ルドルフ兄さんとよく似ている。肌の衰えを分厚い化粧で覆い隠し、貧乏伯爵家には相応しくない豪華な衣装と高価な宝石で自分を飾り立てた女性だ。


 ……そう、彼女は僕とルドルフ兄さん、そしてここにはいないが長男であるヴィクトル兄さんの実の母親だ。

 自分によく似たルドルフ兄さんを可愛がることは理解出来なくも無いけど、どうして僕は実の母親から「あんな子を産んだばっかりに」なんて言われないといけないんだ。僕がで精神的に大人でなかったら、激昂して凶行に走っててもおかしくないぞ、これ……。


「ご、ごめん……」


 そんな事を考えながらも、身体は反射的に頭を下げていた。


 はは……。


 情けない……。


 僕は転生者だ。前世日本で生きた記憶がある。

 小さな商社で営業をしていたが、独身彼女無しの悲しいサラリーマンだった。30歳くらいまで生きた記憶はあるが、どうして死んだのかの記憶は無い。気がつけば、この異世界でロトヴァルド伯爵家三男ユリオスとして転生していた。


 異世界転生に胸を膨らませた時期もあったけど、今は兄と母に毎日罵倒され頭を下げる日々。


「ははははっ、ユリオス、惨めだなぁ。昔は神童だなんだとチヤホヤされていた癖に、今じゃこのザマだ」

「そうですよ、ロドエロス様も昔はあなたを評価していましたが、アタクシはルドルフちゃんの方が優秀だと分かっていましたよ!」 


 ロドエロス、というのは父さんで、長男ヴィクトルと同様ここにはいない。

 王国南部を管轄する騎士団の団長を務めている、『武人』という印象の強い人だ。だけど仕事の忙しい人で、時期当主であるヴィクトル兄さんといっしょにあちこち走り回り、ほとんど家には帰ってこない。……だから、この家はルドルフ兄さんの思うがままだ。母さんはルドルフ兄さんの言うことに逆らわないし。


「ははは、そうだなぁ。このクズが授かったのはあんなどうしようもないクズスキルだったからなぁ」

「比べてルドルフちゃんが授かったスキル『剣技』は剣術スキルの上位スキル! さすがルドルフちゃんだわ、ルドルフちゃんは安全な王都で役人として出世して立派になるんですからね、あなたのような無能者が邪魔するのは許しませんよ!」

「はは……」


 スキルのことを言われると、うなだれるしか無い。


 この世界では、8歳になると儀式で創世の女神からスキルを授かる。

 平民は儀式を受けられない人も結構いるけど、貴族であれば間違いなく全員受ける大切な儀式だ。それによってその後の人生が決まると言ってもいい。


 そこで僕が授かったスキルは『肯定』。


 効果は、相手を肯定出来るようになること。

 具体的には、あんまり好きじゃない苦手な相手でも「相手にも事情があるし仕方ないなぁ」と思えるようになるスキル。このスキルを使えば、前世の嫌いだった部長にも「まぁ部長は部長の立場があるし、本部長からも色々言われてるし……」と、優しい心で思えるようになったかもしれない。


 それだけだ。


 まさに……クズスキルと言ってもいい。


「ははは、笑えるよな。そこまでカスなスキルなんて聞いたこと無いからな、逆に凄いよ、お前!」

「ほほほほ、本当ね。優秀なルドルフちゃんと比べるのが間違っていたのよ!」

「くっ……」


 好き放題言われているのを、歯を食いしばってぐっと耐える。

 僕からの反応が薄いのがつまらないのか、ルドルフ兄さんはふんと鼻をならす。そして、面白いことを思いついたとニヤリと笑った。


 そして食堂の隅に視線を向けた。

 そこに立つのは、灰色のメイド服を身に付けた2人の少女。食堂には何人ものメイドが食事の準備や片付けのために待機している。しかし彼女らはほとんど黒いメイド服を身につけていて、灰色のメイド服を着ているのはその2人だけだ。


「喉が渇いたな。おい、灰色。紅茶を入れろ、ポンコツのお前達でも出来るだろう」


 びくり、と身を震わせる二人。


 14歳くらいの外見のピンク色の髪の少女と、それよりも更に背の低い10歳くらいの外見の少女。彼女達はドールと呼ばれる人工生命体だ。

 ぱっと見た感じ肌や髪の質感は人間と何ら遜色はないけど、一番違うのは額に埋め込まれた宝石だろう。個体ごとに色の違うそれは虚魂核きょこんかくと言われ、そこには人工的に創られた『魂』が納められ彼女らに人間と同じ思考能力を与えている。


 しかし彼女達は旧世代のドールで、ルドルフ兄さん達からポンコツと呼ばれていた。


 ピンク色の腰まで届く美しい長髪と、同じくピンク色の瞳をもつドールの名はエリフォナ。

 額の虚魂核の色はグリーンで、たれ目気味のおどおどとした自信なさげな様子が第一印象のドールだ。灰色のメイド服に身を包み、頭の両側と両手首には、彼女の手作りの白い布の花飾りコサージュが付けられている。


 そしてそのエリフォナの背中に隠れて、おずおずとこちらを窺っているのがノア。

 肩くらいまでのさらさらとした紫の髪に、きらきらとした紫の瞳。そして額の紅色の虚魂核と、頭の上の青い大きなリボンが特徴だ。彼女も灰色のメイド服を身につけているが、彼女の状態はエリフォナよりさらに酷い。130cmくらいしかない小柄な彼女は専用のメイド服を仕立ててもらえず、エリフォナと同じ服を着させられている。そのため長い袖はノアの短い腕を完全に隠してしまい、スカートの長い裾は床に引きずるようになっている。


 エリフォナとノアに共通するのは、灰色のメイド服。

 ドールというのは、たとえ旧式であっても高級品だ。だからよほど裕福な貴族でも無い限り、普通メイドなどをさせることは無い。それにも関わらずメイドをさせられているドール、という事は他に使い道の無いドールです、と言っているような物だ。だからそれを揶揄するかのように、彼女らには灰色のメイド服が着せられる。

 

「ポンコツドールの象徴、灰色メイド服のお前らだ。役立たずなのは分かってるよ。しかし無駄飯ぐらいは許せねぇなぁ」

「そうですよ、エリフォナはいつからいるのか分からないくらい古い機体ですが……ノアには少なくないお金を払っているのですよ! あなた達の食費だって馬鹿になりません、ルドルフちゃんの言うことにさっさと従いなさい!!」


 ニヤニヤと笑うルドルフ兄さんと、声を張り上げる母カミリア。

 その甲高い声に、びくりと身を震わせるエリフォナとノア。


 ノアが肌の見えない袖だけの腕で、エリフォナのスカートをくいくいと引っ張った。


「……う、どうしよ、エリフォナ」

「や、やります! ダメダメな灰色メイドですが……精一杯やらせていただきます!」


 怯えた様子のノアの前に立ち塞がるようにして、声を上げるエリフォナ。

 その腕や足はふるふると震えていたけど、彼女は意を決して声を張り上げた。


「ふん、俺だけでなく母さんの紅茶も用意しろよ」

「ほほ、欠陥品ドールの入れる紅茶などたかが知れていますが……アタクシの口に入れる紅茶です。変な物を出したら許しませんよ」

「は、はい! が、がんばりましゅ!」

「うぅ……、エリフォナぁ……」


 他のメイドの運んできたティーワゴンの前に立ち、紅茶を入れ始めるエリフォナ。

 エリフォナの腰にはノアがひっついているけど、あれはやりづらく無いのだろうか……?

 

 エリフォナはふるふると震える手で、ワゴンの上のポットとカップに手を伸ばす。

 カチャカチャと音を立てながらカップを並べ、ポットに手を伸ばし「熱ぅいっ?!」と悲鳴を上げる。ちっと舌打ちしたルドルフ兄さんにびっくりした彼女は、慌てて茶葉を掬おうとして保存容器キャニスターを倒してしまい、ワゴンの上に茶葉をばら撒いた。

 「うひゃあっ?! やってしまいました! うぅ、やっぱり私はダメダメです……」と急いでこぼれた茶葉を拾い集めようとし、今度は腕が当たってカップを落としてしまう。


 そして落ちた高価そうなカップは、ぱきりと音を立てて真っ二つになった。


「ちっ、おいポンコツ……いいかげんにしろよ、お前」

「うぅ、ごめんなさいごめんなさい! ダメなメイドで、本当にごめんなさい!」


 舌打ちをするルドルフ兄さんと、泣きそうな顔でぺこぺこ頭を下げるエリフォナ。

 確かに失敗はしたかもしれないけど、その姿はあまりにも可哀想だった。


 だから、つい言葉をかけてしまう。


「ル、ルドルフ兄さん……そのくらいで……」

「ああぁっ?! クズは黙ってろよ! 無能同士で馴れ合ってんじゃねぇよ! 目障りなんだよ!」


 でもそれは、ルドルフ兄さんの罵声に掻き消された。


 ぐっ、と唇を噛みしめる。

 この屋敷で毎日罵倒され露骨に迫害されているのは、僕とエリフォナ、ノアの3人だけだ。エリフォナやノアとはそれほど交流があるわけじゃ無いけど、僕は仲間意識のような物を勝手に抱いていた。この辛い境遇を、歯を食いしばって耐える仲間だと。


 僕が唇を噛みしめ俯いている間に、なんとか紅茶は淹れ終わったようだ。

 エリフォナとノアでひとつずつ、カップを持ってルドルフ兄さんとカミリア母さんに近づいていく。


「あ……」


 思わず声が漏れた。

 ノアは身体より大きなメイド服を着せられている。だから手は袖に完全に隠れてしまっているし、スカートの裾は完全に床に引きずりながら歩いている。そんな不安定な体勢じゃ、紅茶の入ったカップを運ぶのは危険だ。


 と、思った瞬間――


「……あっ!」


 ノアが裾を踏んでしまい体勢を崩した。


「ノア!」


 エリフォナがノアを庇おうと振り向いた瞬間、その手の中のカップは手の中から滑り落ちた。

 僕も思わず腰を浮かせるけど、到底間に合わない。


「あ……」

「うひゃあっ?!」


 その結果、どんがらがっしゃーん、っと2人はもつれ合うようにして倒れ、紅茶の入ったカップは彼女達の手の中からすっ飛んでいった。


「エリフォナ! ノア! 大丈夫?!」


 これはさすがに見過ごせない。

 思わず声を上げて立ち上がり、2人の方へ駆け寄ろうとするが――


「おい……ポンコツ……」


 声を張り上げているわけでもないのに、その押し殺したような声はよく響いた。

 それはまるでぐらぐらと煮え滾る噴火寸前のマグマのような、ルドルフ兄さんの声。


 思わず立ち止まって見れば、ルドルフ兄さんの服が紅茶でびっしょりと濡れていた。吹っ飛んだ紅茶のカップはルドルフ兄さんに当ったのか……。ルドルフ兄さんはこれまで以上の激しい怒りの表情で顔を真っ赤にし、エリフォナとノアを睨み付けた。


「ポンコツポンコツだと思っていたがなぁ……」


 ルドルフ兄さんはゆらりと立ち上がると、カツン、カツン、と2人に近づいていく。

 その尋常ならざる様子に、エリフォナとノアがひうっと声を上げた。


「ごっ、ごめんなさいごめんなさい! 大変な失礼をしました、何をしてもダメなメイドでごめんなさい!」

「……あ、あぅ、ご、ごめんなさい」


 ひれ伏し、ぶるぶると震える2人。

 その2人を――


「ごめんなさい、じゃねぇんだよぉっ!!」

「きゃああっ?!」

「うあっ?!」


 ルドルフ兄さんが思いっきり蹴り飛ばした。


「ルドルフ兄さん、それはやり過ぎだ!」


 その酷い仕打ちに再び駆け寄ろうとするけど、「俺のやることに口出しするな、クズ!!」というルドルフ兄さんの怒声で、再び足が止まる。


「ポンコツなだけじゃ飽き足らず、この俺に紅茶をかけるとはどういう事だよ、あぁっ?! スクラップにして欲しいのか、ポンコツが!!」


 そして蹲るエリフォナとノアを、何度も何度も蹴り飛ばした。

 ごめんなさいごめんなさい、と祈るように呟く2人を、「ポンコツが!」と罵倒しながら何度も何度も、何度も。


「このポンコツがあっ! 聞いてんのかあっ!!」

「きゃあっ?!」


 ルドルフ兄さんがエリフォナの頭を蹴り上げた。

 その瞬間、エリフォナの左頭に付いた布で出来た花飾りコサージュが破れ、花が散るようにぱあっと舞った。


「あ……」


 以前エリフォナと話したときに聞いた。

 あれは彼女の手作りのコサージュだ。


 正直彼女はドールとして性能が低く、はっきり言えば『どんくさい』。でもそれは彼女自身が一番よく分かっている事だ。彼女はそんな自分が嫌で嫌で仕方が無いと言っていた。みなさまに迷惑をかけてしまうのが本当につらい、と。

 だから彼女は周囲の人に少しでも不快感を与えないように、ほんの少しでも心安らいで欲しいと、花飾りコサージュを自作することにした。


 お世辞にも器用とは言えないエリフォナの事だ。器用な人なら一晩で出来てしまうようなコサージュでも、彼女にとっては大変な作業だった。何度も何度も失敗し、何度も何度も針で手を刺して、仕事の合間に少しずつ作業を進めて数ヶ月もかけて作り上げた。

 あれは、そんなエリフォナの思いやりと努力の結晶だ。


 それを、あいつは壊した。


 それをあいつが、壊しやがった!!


 許せるわけが、無いじゃないか!!!!


「やめろ!!」


 気がつけば、ルドルフ兄さんとエリフォナの間に割って入っていた。


「エリフォナに謝れ!!」

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