レバガチャ操作巨大ロボは、片思いで立つ ― 感情同期システム《イリス》開発録 ―
五平
第1話:出会いは「不可能」を動かす
1. 世界の常識(不可能の提示)
御影湊が陣取る研究棟は、雑然とした巨大な知性の残骸のようだった。埃をかぶったジャンクパーツと、配線がむき出しになった計測機器。その中で、湊はただ一点、モニターに映し出された慣性計算シミュレーションのグラフを見つめていた。
赤と黒のグラフは、不動の結論を導き出す。巨大ロボットは不可能である。
この結論は、現代科学が導き出した「世界の常識」だった。
* 慣性と重心ズレが、わずかな動作で制御不能なエネルギーを生み出す。
* クロスカップリングが関節の動作を連鎖的に暴走させる。
* 接地遅延と人間の反応速度の限界が、補正の全てを無意味にする。
「資金、設備、理論的な突破口……全てが足りない」
湊は、自らの夢が、合理的な物理法則という鉄壁の論理によって完璧に押し潰されかけているのを理解していた。
2. 合理的な仮面(非合理な動機)
研究棟の扉が開き、この殺風景な空間に最も不釣り合いな人物が現れた。九条葵。この都市の富を体現したような、完璧で華やかな令嬢だった。彼女は、ゴミの山を避けて、湊のデスクの前に立つ。
「御影くん。このプロジェクト、私が出資するわ」
湊は、計算を中断し、振り返った。
「九条さん。これは冗談じゃない。数百億円規模のプロジェクトになる。私の研究は、まだ不可能の証明しかできていない」
葵は、表情を変えずに、書類を差し出した。初期資金の確保と、試作機を収容するための旧軍事工場跡地の譲渡契約書。
「ええ、知っているわ。だから、投資する価値がある」
彼女は言葉を選びながら、湊の合理的な思考が納得できるような言葉を探し出した。
「私は、あなたが生み出す力が必要なのよ。誰もが諦めた物理の壁を、あなたの知性が打ち破る。その証明は、世界を変える。そしてその変革の主導権を、私は手に入れたい」
彼女の瞳は、支配欲と切迫感が混じり合っていた。
湊は書類を睨みつけた。彼女の要求は、「世界を変革する力」という、極めて合理的かつ巨大な対価だった。しかし、この強引で非効率な手段には、湊の理解を超えた非合理なエネルギーが渦巻いていた。
「……あなたの行動原理が理解できない。だが、この環境は断れない」
湊は契約書にサインした。彼の合理的な証明欲求は、彼女の非合理な介入によって、思わぬ形で燃料を得たのだった。
3. 役割分担の萌芽
翌日、広大な格納庫に移転した湊は、葵がパイロットスーツを抱えて立っているのを見た。
「私は操縦士の訓練を受けるわ。あなたのパートナーとして」
「無駄だ」湊は即座に切り捨てた。「人間の反応速度では、慣性の暴走に間に合わない。むしろノイズになる」
「そうね、御影くん」
葵は、作業着に着替えた。ハイヒールを脱ぎ捨て、泥まみれの床に素早く歩み寄る。その直感的な行動力が、湊には理解できなかった。
「でも、人間でなければできないこともあるはずよ。『何をすべきか』を指示するのは、機械には無理でしょう?」
その一言が、湊の頭に小さな波紋を生んだ。
彼は再びシミュレーション画面に向き合い、「5大問題」の項目を眺めた。
「人間ができることは……何をすべきか、か」
湊は呟いた。巨大ロボットの制御は、もはや人間の手に負えない。だが、もし、人間がやるべきことは、「荒い方向の意図」を伝えることだけに絞り込み、残りの全ての緻密な制御を、AIに投げてしまったとしたら?
それは、技術の真理に挑むという、彼の純粋な目的とは別に、人間とAIの役割分担という、物語の根幹となるべき大動脈の「萌芽」だった。
「まず、『立たせる』。誰の助けも借りずに、完璧な静止姿勢をAIに取らせる。……九条さん、それが最初の壁だ」
巨大な夢は、人間とAIが分かち合うという、新しい常識の助走と共に、その一歩を踏み出した。
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