【10】 進路指導②
その日の帰り。
もやもやした気持ちを誰かにぶつけたくて、ヒノキに連絡したら「あと10分だけ待って」という返信が来た。
私は、学校のことを一緒に話せる相手はもうとっくにヒノキしかいない。
フィトンの影響は年々濃くなっていて、みんな穏やかに——調和しているからだ。
けれども、ヒノキだけは少し違う。
彼女は私と話す時だけは、以前と全く同じ、まるでフィトンの影響なんか全くないように話してくれるんだ。
もうすっかり人気がなくなった昇降口の壁にもたれかかっていると、2つに結んだ黒い長髪をたなびかせてヒノキが廊下の奥から駆け寄ってくるのが見えた。
「ごめーん、お姉ちゃん待たせちゃった?」
「大丈夫だよ。それより、元生徒会長が廊下走って平気なの?」
「ふふ、今はお姉ちゃんしかいないからね。セーフセーフ」
上履きから革靴に履き替え外にでると、日はすっかり傾き、晩秋の冷たい風が足元にからみついてきた。 街路樹の葉はもう、茶色く乾いたまま道路の上に広がっている。
「お姉ちゃん。進路の話どうだった?」
ヒノキは、私が一番言いたくて、切り出せなかったことをストレートに聞いてきた。
「ダメそう」
私は、肩をすくんでみせるしかない。
「大学もだめ、就職もだめ。地下に行って夜の仕事やれってさ」
「何それ。教員が言うことじゃなくない?」
ヒノキは口を尖らせて私の気持ちを代弁してくれた。
「ヌマタが言うにはさ、地下にはほとんどフィトンが無いんだって。だからもしかしてお前には合ってるかも、だってさ」
私はもう苦笑いしながら言うしかない。
「ヌマタ、本当に無責任だよね。すぐ精子の話するし」
「ほんと。キモすぎ」
「ヒノキは……さ。結局いつなの?」
私は思い切って、聞きたかったこちらの話題も振ってみた。
「卒業式後にすぐに入院だって。1カ月で処置は終わり。早いね」
ヒノキは、まるでどこかに旅行でも行くかのように、あっけらかんと言った。
「そっか……」
ヒノキだったらフィトン適合値は余裕で100が出るだろう。
それなのに、ヒノキの人生はもうあと2カ月で終わる。
かたや、将来真っ暗の私の人生はこの先も続けていくしかない。
コンクリートでできた集合団地の一角で、身体を売って生きていくはめになるんだろうか。
「ヒノキはさ、怖くないの?」
少しこの……ヒノキの心の奥を覗いてみたい気持ちになった。
「怖くないよ」
ヒノキは変わらなかった。
「だって私は、歴代最高の生徒会長として、そのまま永久に保存されるわけでしょ?こんな名誉なことなくない?」
「そう……そうなんだ」
ヒノキの笑顔は、本当に雲一つない青空のようで。その完璧な明るさが、底の見えない深淵のように恐ろしくもあった。
私は続く質問に困って、少し話題を変えた。
「アオイとはどう? うまくいってる?」
え、あっ、とさっきまでの冷静さがウソのようにあたふたし始めるヒノキ。
やがて少し顔を赤らめると、ウン、と小さく言った。
「お似合いだと思うよ。頑張ってね」
言っておきながら……我ながら白々しい言葉だと思った。
あの、アオイが物を見るようにして私を見た視線。
私がヒートポンプ?冗談じゃない。
でも、あと残り僅かの妹にこんなこと言っても何もならない。
「まあ、あと2カ月だけどね。人間としてのベストは尽くすよ」
湿り気を帯びそうになった私たちの空気をカラリと吹き飛ばすようにヒノキは言うと、自宅に向かって軽やかにスキップをし始めた。
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